十一年後の愛(連載)

野口マッハ剛(ごう)

第1話 日常が崩れた

 いつものお母さんの声で起こされる。目覚まし時計を止めて二度寝していたから。なんだよ、そんなに怒らなくてもいいじゃんか。あー、もうちょっとだけ寝ていたかった。朝食のテーブルに着く。パン、ベーコン、サラダ、牛乳。いつもの日常の始まり。

「あんた、毎朝、私に起こされてばかりね」お母さんのイライラしたような言葉。うるさいし、腹が立つ。

 ぼくは特に何も言わずに朝食を食べる。お父さんはもう仕事に行ったみたいだ。お母さんと二人で朝食を食べる。話すことも特にない。たまにお母さんが「ぼろぼろとこぼさない」と注意してくる。本当にうるさい、お母さんなんていらない。

 いつも通りに高校へと通学する。ぼくは友だちがいなけりゃ恋人も居ない。学校なんて勉強をして進学すればいい。きっとお母さんもそう思っている。

 一人であれこれ考えるのが好きだ。今は哲学というものについて考える。例えば友だちを作りたければどうしたらいい? なんて、そんなことを思う。十六才になっても友だちは出来ない。ぼくは話すのが苦手だ。だから、友だちが居ないのだろうか?

 勉強の成績は普通なぼく。クラスメートは誰もぼくに話しかけない。休み時間は一人でぼーっとしている。

 何か変わらないだろうか。この日常でも青春と言えるのだろうか。今のところ何も起きていない。さて、今日は早退するか。

 家に向かう。その間に哲学というものを考える。なぜ自分は生きているのか。なぜ勉強はつまらないのか。どうしてお母さんが怖い。答えは見つからない。

 優しいお母さんが欲しかった。今のお母さんは全然いらない。だってすぐに怒るし、優しくない。ぼくは思っている。明日にでも、お母さんから自由になりたい、と。

 愛されているなんてちっとも感じない。言っては悪いけど、お母さんの子どもとして生まれて後悔している。

 家が見えてきた。あーあ、帰りたくはないなぁ。けれども、仕方なく家に入る。さて、ゲームでもしようかな?

 静かだった。あれ、お母さん? ぼくは「お母さん?」と呼んでみる。返事がない。ちょっと探してみたら、リビングにお母さんは居た。

「どうしたの?」ぼくが何気なく聞いた。

 お母さんは何も言わない。

「ねぇ、座ったら?」ちょっと不気味だった。お母さんが死んだような表情で立っているから。

「あのね……」やっとお母さんが口を開いた。

「どうしたの?」ぼくはまたそう言った。

「私ね、もうこの家には居られないの」

 え? どういうこと?

「私、この家を出ます」そう言ってお母さんが玄関へと歩く。

「ちょっと! 何があったんだよ!?」ぼくは必死で止める。しかし、お母さんの表情はまるで死んでいるかのようだ。

「離して!」

「イヤだよ!」

 そこにお父さんが帰ってきた。

「何をやっているんだ? お前ら」

「お父さん! お母さんが変なんだよ!」

「いいえ! 私はおかしくありません!」

「いいかげんにしろ!」

 お父さんの大声でぴたりとその場は止まった。しかし、相変わらずお母さんの目は暗かった。

 どうしたんだよ……お母さん。

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