第4話 グレーの心

 毎日を繰り返して、いつの間にか十九才になっていた。お母さんとはずっと会っていない。特別、会いたいとは思わない。母の方のおばあちゃんとはたまに会って仲がよい。お小遣いをくれるから嬉しい。

 高校は卒業して進学はせず。

 アルバイトは続けている。

 ぼくの恋は終わっていた。

「お母さんは一人で暮らしているんだよ」

「へえ、……そうなんだ」

 今はおばあちゃんの家に遊びに来ているぼく。

「おばあちゃん、お母さんは元気かな?」

「どうだろうねぇ……」

 言えることは、お母さんがなぜ家を出て行ったのか、ぼくは怖くて聞けなかった。

 おかしいと言えばおかしかった。お父さんとお母さんが離婚しているのに、ぼくは母の方のおばあちゃんに会っている。

「お母さんを信じなさい」

 おばあちゃんの言葉。

 ぼくはどう思えばいいだろう? お母さんと別々の人生を歩んで数年。思い出すのはお母さんの顔。いつもイライラしていた。でも、どうしてだろう? お母さんの笑顔も知っているぼく。

 どう表現したらいいのかわからない。

 あまりにぼくの妄想がふくらむから。

 お母さんの離婚の原因なんて知らなかった。

「おばあちゃん……、たまに思うんだ。ぼくってなんだろう、って……」

 それを聞いたおばあちゃんは笑みを浮かべている。

「大丈夫だよ、自分を、お母さんを、信じてちょうだい」

「……うん」

 おばあちゃんの言葉を信じたい。目に見えないものを信じるとは、どうしてこんなに不安になるのだろう。

 翌日の平日、アルバイトに入る前は気分が落ち込んでいたぼく。いざ仕事になると少しは気が紛れるのだが、年下の男子で上司の人が居るから、ぼくはやはり情けなくなるのだった。その人は仕事が出来るから、どんどん昇格してゆく。それに比べてぼくはアルバイトの中で平である。なぜ仕事でコンプレックスをいだくのだろうか。

 たまに年下の上司から皮肉を言われる。それを聞いて女子たちからクスクスと笑われる。ぼくはその度にぐっとこらえた。怒り、怖い、悲しい。色んな感情がぐちゃぐちゃに入り交じって心はグレーになる。

 ぼくはアルバイトに入りたての頃を忘れていた。あの時は希望があった。けれども不安もあった。今では機械のように働く日々、お金のために疲れて眠る日々。

 生きていて何になるのだろう。

 目の前の苦しみに何も見えなくなる。

 誰にも助けて、と言えない。

 つかの間の安心出来る時間、それはお父さんと外食すること。この時は嫌なことを忘れられる時間。

 本当ならここにお母さんも居るはず。

 ふと、そう思って感情が溢れそうになる。

「ねぇ、お父さん? どうしてお母さんは家を出て行ったの?」

「知らん。全くどうしようもない」

 うそだ。うそを言っている。そうぼくは考えた。お父さんは何かを隠している。ぼくの中で不安と妄想が広がる。

 結局、その日に食べた料理の味を、いや、何を食べたのかもすら覚えていない。晩には家でまた不安に襲われる。

 そうして眠りにつくのだけれども、目が覚めても何も実感がわかない。生きるということって、こんなにもみじめなんだな。何も感じない。そして今日もアルバイト。ぼんやりと死にたいと願ってみる。

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