第3話 毎日

 午前十時には目が覚める。段々と頭がさえながら準備をする。遅い朝食。一人であれこれ考えながら家を出る。

 通信制高校へは電車でとりあえず移動。

 ぼくは今、十七才だ。

 相変わらず人と話すのが苦手。けれども頭の中で哲学というものに触れるのが好きだ。例えば目の前に座っている人々は何を考えているかなど、視界に入ることを考えるのが落ち着く。

 ベビーカーを押して見知らぬ母親が乗車する。

 お母さん……。

 ふと、そんな思いが頭をよぎる。

 しかし、すぐに忘れる。

 ぼくは目的の駅で下車した。次はスクールバスを待つ。徐々に他の生徒たちも停留所で並ぶ。ぼくと生徒たちは私服である。ちなみに、通信制のために生徒の年齢層は様々だ。人間観察にあきることはない。

 同い年ぐらいの男子女子。茶髪のおしゃれなお兄さんは腕を組んでいる。おばちゃんは周りをキョロキョロしている。おっちゃんがせきをあからさまにする。

 他にも色んな人が居る。

 スクールバスが来た。一人ずつ乗り込む。ぼくは一番うしろの座席に座る。特に話し声があるわけでもなく、車内はしんとしていた。待っていた生徒が全員バスに乗った。

 学校へ向けて発車する。

 ゆられながらぼくは考え事にふける。目に映る風景のひとつひとつをぼんやりと眺める。いま考えていたことは哲学のことだから、例えばなぜ空は青いのか? など。他にもどうして鳥は空を飛べる特権があるか? とか。ぼくの頭の中だけの哲学。そう思っている。

 それから学校に着く。少し坂道を歩かねばならない。何も今日に始まったことではない。体力はちょっとだけ自信がある。坂道を昇り切って少し肩で息をする。

 午後からの授業になる。

 先生が黒板に書くことをノートにメモする。授業はわかりやすい。みんなも静かに聴いている。ちょっと眠たいような。でも落ち着ける時間。

 授業は二つ出席した。

 さて、帰ろう。スクールバスにゆられ、なぜか安心しているぼくが居る。朝が起きられなくって前の高校に通えなかったから?

 帰りの電車でうとうとする。ちょっとだけ寝ようかな……。ぼんやりと風景を眺める。今は夕方。

 帰宅してお父さんと二人で外食に出かける。車の中でどこがいい? と聞かれて、ファミレスとぼくは答えた。

 ラジオから音楽が流れる。

 そう言えば、この歌はお母さんが聴いていたっけ……。お母さん、大丈夫かな? 元気にしているかな?

 また会いたい。

 ファミレスに着くとお父さんからこう言われた。

「アルバイトをやろうとは思わないか?」

 ぼくはちょっと考えてみる。

 どうしてアルバイトをしないといけないのか? お父さんに「どうして?」と聞いた。お父さんは笑顔でこう言う。

「社会勉強になるからだ」

 ぼくはそれを聞いてなるほどと思った。

 ちょっと不安だけど、面白そうだと感じた。

 ぼくは注文したハンバーグセットを食べる。お父さんもハンバーグセットだ。二人で黙々と食べる。

 アルバイトって、働いてお金をもらうんだよね? 仕事は何にしようかな? 色々と期待に胸がふくらむ。

 外はぼんやりとした夕闇。

 そうだ、近所の飲食店でよく行く店があるんだよね。そこにしようかな? ファーストフードの店。

 ちょっと日は進んでそのファーストフードの店に面接に行った。すごく緊張した。ハンバーガーを売っている店。店長と話をする。頭が真っ白になりながらもなんとか話せた。

 面接が終わって帰りの夕方。

 ぼくはアルバイトが出来るのだろうか。

 不安だけがあった。

 翌日に昼の学校に通う。授業中は面接のことを思い出していた。優しそうな店長だった。正直に言って働きたかった。そう思える。

 あっという間に授業が終わり、帰宅途中にお父さんとばったり会った。お父さんはもうお母さんのことは忘れたのかな。そう思うと少し息苦しくなった。

 週末に店から電話がかかった。

 面接は合格、ぼくは嬉しかった。

 早速、アルバイトとしてまずはキッチンでハンバーガーを作る練習をする。先輩の一人に付き合ってもらいながら、店員としての心構え等も教えてもらった。

 一通りキッチンの仕事が出来るようになって、ぼくは平日の学校の帰りにアルバイトに入るようになる。夕方のキッチンは一人でする。お客さんの注文はよく入る。一人だからハンバーガーを作ったり、ポテトを油であげたり、肉を焼いたり。休んでいるひまがないぐらいだ。

 平日の夕方は平均で三時間は働く。

 これが大変でもあり、やりがいでもある。

 接客である女子の先輩と仲がよくなる。その子はぼくより二つ年上でカウンターで働いている。少しのひまな時に雑談をしていた。仕事の隙間でつかの間の楽しい時間だ。

 店長にたまに仕事のミスで怒られるぼく。どうしてだろう。その度にきゅうくつな思いをする。怒られるのが恥ずかしいと思い込むぼく。

 またも話すのが苦手になりつつある。そんな時に女子の先輩からこう言われた。

「君って犬のパピヨンに似てるね」

 二つ年上の女の子からそう言われたのは嬉しい。恥ずかしいような。でも嬉しい。

 ぼくはその先輩とうまく話せなくなった。なんでだろう。いつもその子のことばかり考える。あれ、これって恋かな……?

 アルバイトは土日の昼にも入るようになった。他の店員たちと協力して働く。ファーストフードだから、スピードと安全が命。他にも優先すべきことはある。

 ぼくは毎週の土日によくミスをして怒られる。ひたすら頑張った。自分なりに。でも焦ってミスを繰り返す。

 仲のよかった二つ年上の女の子とは、会話が少なくなってゆく。ぼくは段々と自信がなくなってゆく。ぼくなんて……。そう思っている。

 いつしか、ぼくは夢を見られなくなっているようだ。通信制高校はなんとか通っている。前はあんなに好きだった哲学も出来ない。

 ぼくって、なんだっけ?

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