墜ち続けながら
「ああ、いつから墜ちているのだったかしら」
彼女は漆黒の闇のなかを逆さになって墜ちつづけていた。
最初は、ちょっとした好奇心だったのだ。
その夜の淵は恐ろしく、でもそれだけに好奇心を掻き立てられた。
「少し覗くだけなら……大丈夫……」
「あの微かに聴こえる歌声は何?」
隠されているもの、知らないもの、見てはならぬといわれるものにほど、人は惹き付けられてしまう。
あっ!と思った時には、すでに墜ちていた。
前後左右上下、全てが漆黒の闇のなかをただ墜ち続ける。
そういえば
ふと、何かを忘れているような気がした。
此処におちた時、彼女の手はもっと大きく骨ばっていた。
髪も、もっと長かった……はず。
今の彼女の髪は肩に届くかどうか。
手もあの頃よりも小さく柔らかい。
ああ、そうだ。
不意に思い出す。
彼女はあの時、あの瞬間、〈還りたい〉と強く願っていたのだった。
裏切られ失くし続けることに疲れ果てて、よろける足で見つけたこの夜の淵は、不思議に心を惹き付けた。
そして
墜ち続けながら、彼女は気づく。
彼女自身が、どんどん若返っていることに。
このままいけば、最後は赤子にもどるのだろうか。
そして、その先は?
彼女という存在は、ひとつの命の種にもどるのか。
それもいいかもしれない。
不思議に安らかな気持ちで、彼女は墜ち続ける。
・
・
・
桜色の頬をした少女は目を閉じ胎児のように丸まっている。
また、少しその顔は幼く無垢に変わっていく。
◆
闇鴉たちが、ゆっくりと墜ちてきたその赤ん坊を見つけた。
黒猫が音もなくやってきて、その
夜ヲ想ウ、ウタが静かに流れている。
もうすぐ満月。
傷ついた優しい魂たちを乗せるために、月の小舟がやってくる。
夜ヲ想ウ、ウタ つきの @K-Tukino
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