黒猫のうたた寝(後編)

溜息をついた黒猫は、夜の闇と混じりあっている澱みの、その上を見つめた。


「ああ、これは酷いな。感染症の蔓延まんえんに天災まで……加えて……これは人の欲望が積もった澱み。その上、日々の暮らしの不安が不満になり、吐き出された苦しみが溢れている」

それにしても……と黒猫は呟いた。


「この黒猫の身でできることは限られているのだよ。せいぜいが外の世界とこちらの境界を厚くして、こちらへの影響を最小限にすることぐらいだ」


『そうすれば、また泡の歌 夜ヲ想ウ、ウタも聴こえるようになるのかい?』

「そうすれば、この澱みも消えてくれるのかい?」

『「それなら、はやいとこ頼むよ!!」』


闇鴉たちの声に

「それは……そうするつもりだけれど」

黒猫が思案しながら答える。

「境界を厚くして、侵食してきた澱みだけは、何とか吸い込んでしまおうと思うが……」

「その後、私はこの場所でまた、今度は少し深い眠りにつくことになるだろう」

「その間、また澱みが侵食してこないように、お前たちは狭間で、見張りをしてくれるかい?」


闇鴉たちは、暫し考えていたが、声を合わせて言った。

『「わかった」』

『そうして、また澱みが侵食してきたら』

「黒猫を起こして知らせるよ」



黒猫は境界を厚くしたあと、澱みを吸い込んで、それから、倒れるようにその場で眠りについた。


こうして夜の深淵いつもの闇を取り戻した。


『それにしても』

「人というのは業の深いものなのだねぇ」

『あれほどまでの澱みを』

『「恐ろしい、恐ろしい」』

『そして』

「なんと、哀しい」


闇鴉たちが囁き交わしたあと、また、夜の深淵には小さく泡の歌 夜ヲ想ウ、ウタが流れ出した。

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