ヨシダさん
CHARLIE
プロローグ 原稿用紙3枚
二〇一九年四月の終わり。ジャケットを羽織っていては汗ばむほどの陽気になった。
電車を降りる。この一年半で四回訪れた、神戸市営の貸会議室へ足を踏み入れる。
「おお木邨(きむら)さん。いらっしゃい! こっちこっち。きょうは新しい女性が来てるねん。女性同士固まったほうがええやろう」
長身で骨太、初老の部会長が、わたしを手招きする。
「はい」
わたしは答えて会議室の一番奥、最後列に腰を下ろしている女性に視線を送る。
「じゃあ木邨さん、あの人――ヨシダさんっていうんや。頼むわな」
部会長の太い声に背中を押されるように、「ヨシダさん」という女性に歩み寄る。思わず、前へ進める足が、ゆさゆさと震えてくる。
「どうしてこんな人が、この集まりに加わっているのだろう?」
強い違和感、不快感、憎しみにも似たものが込み上げ、混乱する。
気象予報士試験に受かってから、一年半。任意に入会することができる、気象予報士会というのに入った。そこで出会うのは、予想に反し、それぞれに仕事を持っている人たち、定年退職をしたおじさんたち、ほとんどが男性だ。三か月に一回行われる勉強会、兵庫部会では、ほぼ毎回女性はわたし一人だった。しかも四十代半ばのわたしが、なかでも一番若いようで……合格するまでに持っていた印象とあまりに違うから、驚いた。
そんな中で得た最大公約数は、気象予報士というのは、運の強いオタクの集まりだ、ということ、自分も含めて。
なのに……今部会長から紹介されたこの女性――年はわたしと同じくらい、四十代半ばだろう――、丸く小さな目は澱み、おどおどと視線を泳がせて、
「はじめまして」
と、くぐもった声でわたしにあいさつをしても、瞳が交わることはない。この人にはそうすることができないのだ、とわたしは、近親憎悪に限りなく等しい嫌悪感から、見抜く。
隣に座る彼女を、ちらりと見る。
水死体を思わせるようなぶよぶよとした丸顔に、赤い吹き出ものをいくつも出している。濁った眼球、それを覆う深海魚のような腫れぼったい上瞼……。
わたしが割り出した「最大公約数」は、再考の余地があるのかもしれない。とても彼女が「運の強い人」には見えない。
しかも。
彼女の苗字は「ヨシダ」。
わたしは、いやでも、「昔のこと」を思い出さずにはいられない。これまで極力考えまいとして生きて来た、「はるか昔」のことを……。
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