エピローグ 原稿用紙3枚
二〇一九年四月終わりの気象予報士会、兵庫部会。
一つめの話題提供が終わった。トイレ休憩に入る。
「木邨さん」骨格のいい部会長が歩み寄って来る。「ちゃんと話聞いてたか? なんか上の空みたいに見えたで」
「ああすみません……」わたしはことばを濁し、隣の席に目を遣る。ヨシダさんはいない。「あの、ヨシダさんて、何されてるかたなんですか?」
「初めの自己紹介聞いてなかったんかぁ、隣におったのに」
部会長は、冷やかす。
「ははは」
とわたしはから笑いを返す。
「具体的に何してるとは言わはらへんかったなぁ。でも試験に受かってからはもう十五年以上経つって言うてたで。
この集まりは女性が少ないんやから。木邨さん! ヨシダさんが常連さんになるように……頼むで!!」
「……はい」
一応……うなずいておく。
部会長はほかの参加者のもとへ、気を回しに去って行く。
ヨシダさん。
生まれる前のわたしと同じ苗字を持つ、同世代の女性。水死体のように澱んだ顔をして、腐臭のような醜い空気を全身から放っている、「生まれる前のわたしの延長のような、生き恥を体現した生きもの」……!
ヨシダさんが近づいて来る。相変わらず目を伏せている。
彼女はそうでも、わたしにとっては、どうだ?
直視できないほどのものか?
生まれ変わることで、得られて豊かになったものもあれば、生まれ変わる前のほうが豊かだった人間関係も築けていたように思う。双方を、そろそろ受け入れることができる時期なのではないのか……。
「きょう、懇親会、行くんですか?」
席に着いたヨシダさんに話しかける。
「いえ……」
彼女はやはりわたしと視線を合わさず、くぐもった声で言う。
「良かったら連絡先、交換しませんか? この集まり女の人がほかにあんまり来ないんで……正直心細いんですよ」
本心ではないけれど、そうことばにして苦笑をすると、ヨシダさんのふやけたような目尻に、少ししわが寄る。その目もとは、案外可愛い。
ヨシダさんは従来型携帯電話、ガラケーを取り出す。
わたしはスマートフォンをかばんから出して、ヨシダさんとメールアドレスを教え合った。
四百字詰め原稿用紙 七〇枚 了
ヨシダさん CHARLIE @charlie1701
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