4個目
文武蘭は少し変わっている──。
さっきまで自分の目の前にいたクラスメイトを思い出して、五十嵐虎は笑い出しそうになるのを必死で抑えていた。
「まったく。なんなんですの、あの女!お兄様に聞かれたのに答えないなんて!」
「ククッ…」
亜貴奈の言葉に思わず吹き出してしまった。すぐにいつもの顔に戻す。
家族の前でも戻れない、気が抜けない生活。真木だけなら戻るが、第3者がいれば息抜きにはならない。しかも真木は真木で真面目なので、冗談が通じない。たまにそこを利用してからかったりもするが、基本的にこなしてしまうので、面白くない。まぁ、主人に忠実なのは褒めるべき点だろう。
「お兄様が笑うなんて久しぶりですね。そんなに可笑しかったですか?」
プクッと頬を膨らませてみせる。さっきまでの怒りで顔が赤く、タコみたいになっている。
「いや、ただの思い出し笑いだよ。」
本当にただ単に思い出していたところに追い討ちをかけられただけだ。やはり「演じる」のは一筋縄ではいかない。特に笑えないことが辛いな。
勿論、真木の前では思う存分笑っているが、他に誰もいないという確証があってからだ。いつも笑うと言っても微笑むくらいが良い方で、あとはいつもの営業スマイル。社会に出たら、このスキルは腐るほど使えそうだ。
「では、私はそろそろおいとましますわ。お休みなさいませ、お兄様。」
優雅に礼をして出ていく。本当に堅苦しい。
「さて、これからの遊びの計画を立てねーとな。」
虎の緩んだ口元を見たものは、誰1人いない。
五十嵐虎は怖い──。
今更ながら痛感した。何でも見透かしていそうな目と、人に言うことを聞かせてしまう声を持っている。下手な拷問より効果を発揮しそうだとも思う。
でも、1つ少し安心できることができた。それは、生徒の個人データを見ているわけではないだろう、ということだ。見ていないならいないで、どうしてそこまで生徒のことを見透かしているのか怖いところだが、やむを得ず学校側に提出している情報を知っていられる方が自分にとっては都合が悪い。
確信したのは、さっきの虎の発言だ。「人を待たせているだろうし──」多分、運転手のことを言ったのだろう。この学校はそれが当たり前だ。蘭だけが違うと言っても過言ではないほど、いわゆるお金持ちが多い。
蘭の家は町の洋食レストラン『セゾン』、フランス語で季節を意味する。季節ごとの違いを楽しんで欲しいと、付けたらしい。
お察しの通り、虎の心配など必要ないような生活である。もし嫌みだったとしても、その場で言及せず帰してくれたことだけには感謝しようと思う。勘だがバレていない気もする事だし、とりあえず帰してもらえてラッキーだったと思うことにした。
これから店の担当料理の仕込みがある。学校にいっているので自分では出せないが、味は自分の物を出したいと、仕上げだけ残して置いておくのがいつもの日課だ。
ふと思った。虎の様子からして──人の内面を図るのは苦手だが──立ち居振舞いではバレていないのかと…。
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