2個目

Ⅱ.

次の日、蘭は平和に過ごした。

あの後、ドアを開けて入ってきた救世主──もとい、塩田小豆に救われた。小豆は中々来ない蘭を迎えに来ていた。持つべきものは友達だと、強く思った瞬間でもある。

そろそろ帰ろうかと荷物をまとめ、小豆を迎えに行った時、放送が入った。

『3年7組文武さん。生徒会室に来て下さい。』

凛としてよく通る声──虎だ。生徒会長が直に放送を入れるのは珍しい。加えて、今回は自分だ。嫌な予感しかしない。

小豆に先に帰ってもらい、生徒会室へ歩を進め、一見、校長室に見えなくもないドアをノックする。

「3年7組文武です。」

ドアが開く。教室ほどの広さの部屋に会長が1人で座っている。振り返るとドアを開けてくれた生徒が出ていくのが見えた。どうやら人払い令でも出たらしい。2人しかいない部屋で、虎は無言で座るように促す。机の上には湯気が立ち上っている紅茶が置いてあった。

空気に耐えられなくなって紅茶を口に運ぶと、ダージリンの香りがした。好き嫌いが少ない物を選んだのだろう。珈琲じゃなくて良かったと、少しホッとする。空気感が嫌で、できるだけ無くならないようにと少しずつ飲んでいたが、一向に話が始まる様子はなく、体感的に2時間はたったと思ったとき、ドアが開いた。

「申し訳ありません。先生と話していたら遅くなってしまいましたわ。」

「こちらが呼んでお待たせするのは失礼です。気を付けなさい。」

もう既に十分待った気がするのだが…。

声の主に目を向けると、そこに立っていたのは、昨日の授業のペアの子…。

「真木、紅茶を用意してくれ。」

ドアの外から返事が聞こえる。生徒会副会長・真木慎一。まるで執事だなと、虎の方を見る。流石は五十嵐財閥。学校の私有化の規模が違う。噂では、真木副会長は五十嵐家の本当の執事と言われている。只の噂なのだが、このやり取りを聞くと、全てが嘘ではない気がするから怖い。

真木副会長が全員分の紅茶を用意し終えて、部屋を出ていったタイミングで、虎が話を始めた。

「長い話は好きじゃない。単刀直入に聞きたいところだが、なぜ自分が呼び出されたかは理解しているね?」

虎の雰囲気としても、自分としても、分からないと言える感じではなかったが、蘭としてもここで全てを無くすわけにはいかない。

「いいえ。何の事でしょうか。」

知らぬ存ぜぬで通すしかない。ある意味、心当たりがありすぎて分からないので、全てが全て嘘というわけではない。

「知らないはずはありませんわ!私が目の前で見ました!分からない問題の答えを、はじめから知っていたかのように…」

語尾が崩れていっている。蘭は不安を募らせる。自分が必死に守ってきた沈黙が、音をたてて崩れ去る気がする。

「五月蝿い。」

虎がピシャリと良い放つ。その子は途端に口を閉じる。当たり前だろう。それだけの気迫が虎にはある。

組織に無関心な蘭は、今の状況を完全に把握しているわけではなかった。話されようとしている内容は何となく分かっているのだが、『何故この子が生徒会長の虎に言ったのか』『何故先生ではなかったのか』推測することしか出来ない。

「すまないね。でも収穫はあったかもしれない。例えば、君の態度を見ていて、君はこれから何が話されるかの見当がついている事とか。」

不味った。彼女の言葉に身構えてしまっていたらしい。大方見透かされている。

「ここまでこれば、単刀直入に聞いても大丈夫そうだね。君は何を隠しているんだい?」

いたずらっ子のような若干の無邪気さを、意図的になのかは分からないが、入れて聞いてくる。無論、答える気はない。そう簡単に話せるのなら、ここまで隠してはいない。

蘭が黙っていると、痺れを切らしたらしく、女の子が言及を始める。「生徒会長が聞いている」だとか「礼儀がなってない」とか、とにかくうるさい。

すると、虎はこれ見よがしに溜め息をついて言った。

「はぁ…。真木、亜貴奈を連れて帰るように。五月蝿くて話が進まない。」

亜貴奈と呼ばれた女の子が真木副会長に連れていかれる。何か訴えていたけど、あえて聞かない。

しっかし、自分のクラスメイトの名前をフルネームで知らないなんて。自分でも情けなく感じる。

「さて、五月蝿いのもいなくなったところで、話してもらえるかな。僕だけになら言えるだろう?」

1番言いたくない…。

そんな心の内を知るよしもない虎は、きれいな笑顔を張り付けたまま答えを待つ。

5分くらいたったと思う。虎は埒が明かないと察したのか、提案をしてきた。

「なるほど…。君にとって、大きな秘密のようだね。なら、取引をしないか。僕も、君の秘密に釣り合う秘密を明かす。お互いが秘密を知れば、口止めになるだろう?」

悪くはない。悪くはないのだが、この胡散臭い笑顔が何か裏があることを物語っているようにも見える。

「秘密の価値なんてどうやって決めるんですか。明確なものがないと、取引になりませんよ。」

何とか言い訳を見つけて反論する。教えたくない一心で。

「なら私が先に秘密を言って、君が納得したら、君が秘密を話す。それなら、君の価値観ではかれるだろう?」

論破─。多分、この人に反論して勝てる人は殆どいないだろう。了承するしかなかった。

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