6個目

 各班で持ち時間は違う。教師が順番に食べてちょうど良いようにできている。蘭の班は最後、つまりデザートだ。

 教師が前菜を食べ始めたときに、蘭たちは仕上げに取りかかった。もっとも、ケーキの仕上げをするのは虎だ。あの複雑そうな飾りを全て記憶しているらしく、作っている間に少しずつ食べ、他の班にも配っていた。おかげで今は跡形もない。

 虎は蘭から渡されたクリームや食材を鮮やかな手つきで飾り始める。初めからそこに置かれるはずだったかのように、規則正しく、それでいて手作り特有の不規則さを残して。紅茶も、作っておいた紅茶の氷に注いでミントを飾る。氷は薄くならないようにするための配慮だ。

 気が付くと、亜貴奈が虎の隣に立って成績の報告をしていた。

「お兄様、私4点でしたのよ。でもやはりお兄様には敵いませんわ。5点なんて数えるほどしか取ったことがありませんもの。」

「そうなのかい?」

 虎は笑ってかわしている。手元の動きを見ると、話しかけて欲しくなさそうなのが少し伝わってきて笑えてしまう。

 虎の手が止まると、ちょうど先生がまわってきた。見た目、味、何かしらの工夫。採点基準に従って見ていく。

「2人とも5点。」

 分かりきっていたことだが、いざ点数をつけられると今までの努力が消えていく気が一層増してきて、複雑な気持ちになる。

 しかし、部屋全体に届くほどの声は、他の生徒の間に様々な憶測を飛び交わせる。「五十嵐さんの負担」とか「五十嵐さんが可哀そう」とか。基本的には蘭への中傷だ。そういった意味での人間の本質はどの環境でも変わらないらしい。

 しかし、先生は良い意味でも悪い意味でも空気を読まない。

「よかったわね~。念願の5点!五十嵐くんも、ありがとう。先生もうれしいわ~」

 腹の中では大迷惑としか思っていないので、作り笑顔でスルーだ。虎も感情のないような笑顔なので許される範囲だろう。

「いえ、僕は何も。彼女の能力が凄いんですよ。工夫はすべて彼女がやったことですし。」

 前言撤回しよう。さっきの虎の顔は感情のないような笑顔ではなく、何か考えついてそれを隠すときの顔らしい。なぜか虎は事実を隠した。当然、他の生徒の関心も集まっている場である。先生に告げ口をするなら絶好の機会だろうに。

 先生が前へ戻り、再テスト者の今後の対応等を説明し、テストは終わった。

 落ち込む者や歓喜の声を上げる者がいる中を、既に心の中で十分落ち込みきっていた蘭は、これ以上の面倒事を回避するために足早にその場を離れた。しかし、その先の廊下に出たところで、小豆を見つけるのと背後から声をかけられるのは、ほとんど同時だった。

「文武さん、生徒会室に来ていただけますか?」

 遅かった…。小豆も空気を察して、先に帰ると合図をくれる。こんなところで日本人お得意の『空気を読む』を発動しなくてもいいのにと思いつつ、自分なら同じことをすると思われる相手なので、「ごめんね」とジェスチャーしながら別れた。

 呼び止めたのが誰かなんて見るまでもない。溜息を全力で噛み殺しながら、振り返って最高の作り笑顔でかえしてやった。

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