7個目

 虎が蘭のことについて言及しなかったのは、自分が面白がるために違いない。

 初めは、対価が見合ってないと怒るためかとも思った。が、目の前にいる虎の目が不気味に笑ってるところを見ると、どうも違うような気がするのである。というわけで、思考を巡らせていくと前に書いたような結論に至るわけだ。

「さて、色々と話を聞かせてもらえますか?」

 生徒会室に着いてすぐ、虎は若干顔をニヤつかせながら聞いてきた。心中計り知れないが、少なくとも顔は若干崩れようとも声がまったく変わらないのは、賞賛すべきところなのだろう。しかし「敬語」ということは…だ。

「五十嵐会長にだけ、では駄目でしょうか?」

 近くに真木副会長以外の誰かが居る、ということだ。

 虎は驚いた表情を見せ、さらにニヤニヤしながら蘭の後ろに向かって指示を飛ばした。

「真木含め、生徒会役員は全員解散。後のことは僕がやっておくから、今日はもう帰ってもらって構わない。」

 後ろから数人の声が聞こえ、足音とともに扉が閉まる音が聞こえた。途中、抗議するような声が聞こえたような気がしたが無視した。虎があまりにも不機嫌だという顔をしていて、誰一人として最後まで話さなかったからだ。

「亜貴奈も帰りなさい。」

 口元に笑みを浮かべながらも、まったくブレることのない口調で付け足した。後ろを振り返ると立ち上がる亜貴奈が見えた。どうやら隠れていたらしい。虎のほうに向きなおると、後ろを向いていた。肩が震えているのを見る限り、笑っているのを隠しているらしい。相当滑稽に映ったのだろう。

 しかし、亜貴奈も亜貴奈で不満があるらしく食い下がった。

「ですがお兄様、彼女はこの私を裏切ったのですよ。そんな人とお兄様が2人っきりなんて…」

「帰りなさい。」

 亜貴奈の言葉を途中で遮って、さっきより強く言い放った。

 わりと酷い言われようだったので聞き流そうかとも思ったが、内容に引っ掛かりを覚えたので、余計なことだと思いつつ口を挟んだ。

「五十嵐さん、以前から思っていたのですが、私はいつ貴方を裏切ったのでしょうか。いえ、惚けているわけではなく本当に心当たりが無いのです。無意識に何かをしてしまっているかもしれないと分かった以上、そのままにしておこうとも思いません。私は貴方に何をしましたか。」

 怒りがこもった亜貴奈の目を極力見ないようにしながら、半ばまくしたてるように聞いた。蘭としては悪足搔きの部分も含んでいた。

 そんな蘭の事情を知る由もない亜貴奈はすんなり話し出した。蘭に対してではなく虎に対してだったのが少しひっかっかったが…。

「文武さんは他の人と違って、普通の友達のようでしたの。ですがこの間の、私がお兄様にお話しした時、文武さんは正解を知っていながら私に間違いを勧めたのです。文武さんは私を陥れたりする方ではないと信じていましたのに…。」

 いや…勝手に信じて勝手に被害被って理不尽に攻められても…。確かに間違いを勧めたみたいなものだが、亜貴奈が言ったことを肯定しただけで何か提案をした訳ではない。しかも普段は目立たないために亜貴奈にはほとんど近づかない。一体、亜貴奈は何を根拠に信用していたのか。

「友達なら沢山いらっしゃるではありませんか?私には五十嵐さんが私に執着している理由を図りかねるのですが…。」

 問うと亜貴奈はきちんと向き合って話してくれた。

 話によると、いつも周りに群がっている人たちは五十嵐家との関係を築きたい人たちばかりだそうだ。日本で指折りの名家が自分の子供が通う学校にいれば、どうにかして関係を持ちたいと思うのが名家の親の考えらしい。虎たちも簡単に取り入られないように教育されているらしいが、家でも四六時中訓練している状況であるらしい。親は親友を作ればいいと言って聞かず、休まる暇が無いと言う。

 私には縁がない世界の話だから、理解しがたい部分もあるが、想像する限り相当大変な状況らしいことは分かった。この学校で家の事情抜きにして友達を作るのは相当難しいことだろう。五十嵐家の親は鬼畜なことを言う。そしてそんな状況下で私のような取り入る気がない人がいれば、依存したいと思うのは当然の心理だ。

 事情を説明しながら泣いてしまっていた亜貴奈に虎はいつになく優しい口調で落ち着かせるように話しかけていた。

「あまり見てやれなくて悪かったな。今日はもう帰ってゆっくり休め。幸い今日は父さんがいないから真木と3人で食べよう。真木!」

 後ろのドアが開いて真木副会長が入ってきた。虎が亜貴奈の送迎を頼み、部屋のドアが閉じられると、虎は態度を一変させた。

「さぁて、これで心置きなく話せるな。しっかし、成長したもんだよな。わざと後ろに役員の奴らを同席させたのに、すぐに見破りやがって……。まぁ、いいや。そろそろ正直に話そうぜ?俺も秘密さらしてんだ。他言するようなこたねーよ。」

 さっきまでの猫はどこへやら…。口調も荒いし態度も大きいし、これを見た人はほとんどの人が幻滅するんだろうなと、言い逃れることを諦めて少し冷静になった頭で関係ないことを考えていた。

 まったく…。この本性を妹の前でも出せば、お互い少しは楽になるかもとか思わないのだろうか、この兄は…。

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