10個目

「歩きで申し訳ないですけど、学校までなら送りますよ。」

 蘭からの折角の申し出だったが、一緒にいるのが不満だというのが見え隠れしていて、断った。正直、人間関係第一のあの学校で、自分に対してそんな顔を向けてくる人間なんて居なかったから、もう少し困らせてやりたい感情が無いわけではない。ただ、その結果困るのは蘭で、「目立たずひっそりと、静かに卒業していく。」という計画を崩してしまったのは自分だ。五十嵐に楯突いたとなれば、それこそ注目の的になってしまうし、助けることも難しくなる。これ以上、彼女の迷惑になることは、自分がしたいことではない。まぁ、そんな絶滅危惧種だからこそ、保護したうえで人に見せびらかしたくなるんだが。

「それは嬉しいけどな、普段こんなところ来ないから、付いてきたら道案内に連れ回すぞ。」

「…………お気をつけて。」

 それは嫌だ。という顔を向けられてしまった。自分を知る人間が居ないからできる顔だなと、少し面白い。

 羽根を伸ばしながらゆっくりできる店を見つけられたのが、今日の最大の収穫だ。コーヒーとケーキも美味い。

「学校に車をまわしてください。いえ、学校で構いません。置きに行くものがあるので。」

 別れて少ししたところで電話を掛ければ、聞き慣れた声の芝居がかった口調が耳に届く。こちらは何の違和感も出さず答えれば問題ない。今となっては楽なものだ。

 此処に車を来させたくない理由は想像がつく。せっかく我慢して長居しなかったことを、水の泡にされてはたまらない。

 「商店街の方に行ったのではなかったのか」という電話相手の言葉を適当に流す。自分のお気に入りを壊されたくないという面もあるが、何より、地位や人間関係が第一の学校に通っているとは思えないほどの人格者を、より一層面倒くさい場所に引き込むのは、気が引けるというものだ。

 学校に着けば案の定、車が先に着いていた。それを横目に生徒会室に向かうと、クラスの文化祭企画書に助言を書き込む。

『レシピ考案は少人数で。リーダーを決めて円滑に。外装・内装は特に大切。』

 この文章を見たクラスメイトの反応は簡単に予想が付く。思い通りにならなければ、その場で誘導すればいい。面倒なことに巻き込みたくない反面、素晴らしすぎる才能を埋めて置く気はない。

「お近くまで迎えに行きましたのに。それに、貴方様があのような雑多な場所に用事があるとも思えませんが?」

 車に乗り込むと、いつもとは違った空気が流れている。報告義務でもあるのだろうと思う。今日はやたらと詮索される。

「いえ、ああいった場所にこの車は違和感が強いですから。それに、そうでもなかったですよ。いいお店が発見できて。内装が奇麗で、今度の文化祭に使えそうでした。」

「一緒に歩かれていた方は級友の方ですか?虎様が気に留めるものがあるようにはお見受けしませんでしたが、どこかのご令嬢でしょうか?」

まぁ、こうなるわけだ。

「えぇ、クラスメイトです。少し思うところがありまして。花を咲かせられない環境にあるように見えたので、その環境を整えるのもいいかと思いまして。」

「なるほど。……そういえば、奥様からお食事のお誘いが来ていますが、如何なさいますか?」

 沈黙のあいだにとあるスイッチを切って話し出した。が、もう少し警戒するということをそろそろ覚えて欲しいものだ。これが指示という可能性も無くはないが。

「是非、ご一緒したいとお伝えください。真木。」

 すみません、というジェスチャーを一緒に送ってくる。気の抜けないこの状況は珍しいことではないが、自身がいらぬおせっかいをしたことに気が付いたらしい。

 この世界が長いこの男が、たまに見せるこの詰めの甘さは、蘭とは別の意味で絶滅危惧種であると言えるだろう。もっとも、怖い奴とも言えるが。



 この家で子供と大人が一緒に食事をするというのは、かなり珍しい光景だ。

 父親は既に他界し、母親は多忙。加えて虎達に対してかなり厳しい教育をしている関係で、長い間、虎自身も好んで食事を共にしようとはしなかった。

 基本的に部屋で一人でいるとき以外は気が抜けない。どこで誰が見聞きしているか分かったものではないからだ。しかし、幼少期の教育とは凄まじいもので、自分は至って自然体のまま、相手が何を求めているのかを感じ取れるようになった。自分のことも多く悟らせてはいけない。流石に身内相手には伊達眼鏡という壁を作ってはいるが、身内以外なら、何の防衛策を取らずにできるようになった。我ながら、流石の英才教育だと思っている。

「ところで虎。真木から街の商店街に行っていたと報告を受けました。何かありましたか。」

 やっぱり、とも、流石、とも思うが、耳が早い。特にあの辺りは家の事業計画が絡んでいるからかもしれないが。

「もったいない店を見つけました。もしあの場所が計画予定地に入っているなら、惜しいことになる前に何とかしたいと、個人的にですが思います。」

 おそらくあの場所は入っているだろう。立ち退きの後、そこにあった店たちがどうなるかは知らないが、もし遠くに追いやられてしまうのなら、場所の提供を提案したいところだ。

「あなたがそこまで言うのも珍しいですね。それほど見事ならうちの会社に入っていただきたいですね。あなたが目を付けるということはレストランなのでしょう?」

 次からは他の職種にも目を向けようと、秘かに決意する。

 しかし、アレはそういった組織に入らない方が良いタイプだ。大きな一部より、小さくても自分で、が性に合っている人間の店だ。本人たちも望まないだろう。どう誤魔化したものか。

「今度、その方をこちらにお招きなさい。必要なら私も手を貸しますから。」

 虎の耳に届いた言葉は、あまりに予想外過ぎる言葉だった。

「文武さんでしょう。彼女、商店街のご実家から通っていますものね。なかなか開発事業に理解を示していただけなくてね。娘さんが安定したところに勤めたら閉めてくれるかしらね。」

 あぁ、うん。この人はこういう人だった。人の都合なんてお構いなしの掘削機みたいな人だ。しかしなぁ、せっかく見つけた良い場所を早々に無くされるのはどうも気分が悪い。知っていて何もしないのも寝覚めが悪くなりそうだ。

 そうこう考えていると、話題は別のものに移った。

「ところで虎。そろそろいい人いないの?まだ納得できない?」

 どちらにしろ、あまりうれしい話題とは言えなかったが。

 前々からこの手の話、結婚話はよく言われていた。学生の身で結婚の催促とかいつの時代だと思うが、家のことに反発し辛いのも学生というものだ。今までは適当にあしらっていたが、最近ではエスカレート気味で、見合い写真なるものを持ってくる始末。いろいろ理由を付けて高校の間はやめさせたが、そろそろ卒業。また始まるんだろうな。

「特にいませんね。」

 あなた方も納得するような人は。

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モンブランケーキの心境 あーりー @arli6ki

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