9個目

 生徒会、もとい生徒会長に夏休みはないものに等しい。

 夏休み明けはすぐに文化祭があるため、夏休みの間から準備が着々と始まっていく。各クラスからの案を承認・否認しながら進めていく。誰がその案を聞こうが最終的には生徒会長が責任をもって許可を出すため、無駄を省くために初めから虎だけで作業している。システム上横暴も効くものだが、今更だ。残念なことに今のところ利用する気もない。

 よって虎の休みがなくなっているのだが、家にいても息苦しいだけなので基本的には得していると思っている。

 夏休みが始まって1週間ほどが過ぎたある日、空の色が変わってきたあたりで虎の携帯が鳴った。


「……っえーっと、どうも。文武です。明日のご都合など…いかがでしょうか?」

 虎から無理やり渡された番号に恐る恐る電話をかけてみる。

 自分から貰ったんじゃないのかって?冗談じゃない。虎に一泡吹かせたい一心で口走った言葉は拒否されること前提で後先考えず言ったことであって、本気にされては困るというものだ。まさか、あの虎が「ああ、いいぞ。」の一言で連絡先を渡してくるなんてちっとも考えなかったのだ。

 この学校に通っている家柄が立派な人たちは、自衛のためにほとんど個人情報を渡さない。何なら定期的に変えているとかいないとか。蘭は(そもそも聞いてくる人間が少ないが)それにならう形で、小豆にしか連絡先を教えていない。しかも、他人が見てわからないように名前を変えておいた方が良いとまで言われたものだから、この世界とはなるべく無縁で生きたいと思ってしまった。

 だからこそ、虎の反応は意外過ぎるというものである。おかげで動揺してしまった私は、携帯を持っていないというこの学校ではありえない程の苦し紛れの言い訳もさらりと流され、結果として電話番号だけ渡されるという、最悪の事態に落ち着いてしまったのだ(言い訳のせいでメールで済ませるという選択肢は潰された)。

 ここでの細かい攻防は割愛させてもらうが、今現在の状況として、緊張していることは事実として許してもらいたい。なにせ家族以外に異性に電話をかけるなんてことをした記憶は今のところないわけで。その初っ端が虎だということを不憫に思ってもらってもお釣りがくるほどだと思うのだが、そのあたりどうだろうか。

 用件は蘭が支払う差分の対価だ。蘭の隠し事「絶対味覚」と虎の前払い分、実際のアレな性格とでは釣り合っていないと判断されてしまった。個人的には釣り合っていると思っている分、若干不満はあるが仕方のないことと諦めた。むしろ、いかに虎を拍子抜けさせて困らせてやろうかと思っているほどだ。正攻法で勝てないなら負け惜しみくらいはさせてもらう権利があるはずだ。

 と、まあ、こういった考えの下、できる限り考える時間を与えないで困惑させようと思った。まぁ、その後の番号云々でチャラにされた感は正直否めないのが悔しいところである。

「では、明日の午後にでも。いえ、学校の校門にいてくだされば結構です。えっと…多分場所、分からないと思うので…。はい、では。そういうことで。」

 苦笑気味になってしまったが、本当にわからないと思うので仕方がない。それに、どうせ車で来るに決まっている。近所をウロウロされては迷惑がかかる。

用件が済んだところで、「では、また」と言って電話を切ろうとした。

『あぁ、おやすみ。』

 予想していなかったまさかの言葉に動揺を隠しきれず、思わず通話を切ってしまった。わざわざツッコミどころを提供してしまったことを心底後悔している。

 いや、ホントに、マジで。


 さて、ということで。

 虎が家に来た。正確に言えば、家の店に来た。

 今日は定休日で他のお客さんはいない。1つ2つのトラブルを見越して、定休日の1つを貰った。案の定というか、何というか。

 学校に着くと、既に虎が待っていた。黒塗りの如何にもな車の横で。

「早かったんですね。」

 あえて車には触れなかった。触れたら負けだと思うし、万が一、話があれよあれよという間に流れて行って、あらぬ方向に飛んで行ってしまった時の後の方が怖い。人をからかったり人の上げ足を取ることに関しては全力でやるタイプだ。わざわざ手のひらの上で踊ってやる必要も義理もない。

「そういうお前は歩きなのか?お前に限って乗せてもらおうなどという魂胆には見えないが…。」

 心底不思議だという顔をされてしまった。

 これだからここの連中は!

「あ、車の方には帰ってもらってください。帰りは送っていきますから。」

 歩きだけどね!!

 最後8文字分は絶対に口には出せないが、心の中で強く思っておくことにする。

 このやり取りがあって、今現在、私の家にいる。前をすたすた歩く蘭の後ろを不思議そうに歩いていた虎の顔は結構見ものだったと思う。商店街に入ってからなんてソワソワキョロキョロしていた。動画を撮って後で脅しに使いたいくらいには滑稽だったと思う。さすがに返り討ちになりそうなので実行はしないが。

 店に入っても警戒する小動物のようにキョロキョロしている虎はなかなかに笑いごたえがあるのだが、ここは我慢してコーヒーとケーキを出す。

「で、家のことっていうのはここのことか?それともここから移動するのか?」

 他にお客さんがいないところから察してほしいところだが、想像もつかない常識があるのだろう。気にしていたらキリがない。

「結論から言ってしまえば、ここの事です。というか、ここが家ですね。」

「あ"?」

 相当ガラが悪い声が出ていることに、気がついているのだろうか、この人は…。

「ここ、私の家族で経営してる店なんです。私も手伝ったりしてて。今日は定休日なので、店を借りたんです。他のお客さんに迷惑は掛けられないので。隠してたのは、目立ってしまうからです。くだらない争いの渦中には居たくなかったので、できるだけ人と関わらないで目立たないように過ごしてました。まさか、五十嵐さんに呼び出しを食らうとは…。」

 しかも兄妹揃って話すことになるとは…という感じだ。

 頼むからもうこれ以上関わってくれるなという心持ちで話してみたが、虎はいつもの無反応で、そこから感情を垣間見ることは難しそうだった。

 ただ、コーヒーとケーキに口を付けたときだけ、驚いたような顔が覗いたので、心の中では盛大にガッツポーズをかましておいた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る