モンブランケーキの心境
あーりー
1個目
4月の終わり、桜の木に葉っぱが混じる頃。文武蘭は、いつものように授業を受けていた。カチャカチャ鳴る金属音、香ばしい匂い。そう、いつものように、ひたすらに、料理を作り続けていた。この後付けられるであろう、ランクを気にしながら…。
和洋菓学園高等部。料理を作ることが専門の学校である。生徒は有名飲食店の者が多く、入学資格はあるがテストで落ちたり、入学後の成績で退学になる者が後をたたない。入学試験で一人も合格者が出なかった年もあったと聞いたこともある。
今は授業中。各々がチームを組んで、お題と同じものを作るというものである。今回のお題はポテトサラダ。教室内に用意された食材・調味料等を使い、ダミーにも引っ掛かることなく同じものを作る。ついでに何か1品、作ることも要求されていた。味の再現が求められるが試食は1度のみという、何とも意地の悪いやり方である。
蘭は、いつも平均を取るようにしている。意図的に。少し事情があり、フルスコアを取ることも可能ではあるが、あえてそれをしていない。無論、バレればやるが、それまでやる気は更々ない。
「文武さん、そちらの進み具合はどうですか?」
やけに丁寧に聞いてくる、生粋のお嬢様な感じ。この学校では当たり前だが、あまり好きな人種ではない。
「あとは焼くだけなので、問題ないです。」
本当に苦手だ。何が良くて、こんな風に話すのか…。
蘭は答えながら、ペアのポテトサラダを横目で見つつ自分が請け負ったハンバーグ作りを終らせるために動いた。まぁ、あとは焼くだけなのだが…。
「私も仕上げに入りますわね。あのポテトサラダ 一見普通ですが、隠し味があると思いましたの。多分、お塩ですわ。それも、少し珍しい…。どう思います?私は、ウユニの塩だと思うのですが…。」
ワタクシ…。今更驚くことでもないが、やはり慣れない。まぁ、社会に出れば正しい言葉遣いとして認識されるのだろうが、クラスメイトにって…。
そんなことを思いつつ、わからなかった風を装う。
「そうでしたか?全然分かりませんでした。流石ですね。」
自分で言っていて悪寒がする。この感じなら、普通に焼けば平均点だろう。2人で分担しているので、平均をとるにはペアの出来栄えを考えなくてはいけない。必然的にどちらかがミスをする必要が出てくるのだが、今回は勝手に間違ってくれたのでラッキーだ。
実際は、ウユニの湖塩ではなく、シチリアの海水塩。天日塩という、西ヨーロッパではメジャーな作られ方をした塩で、食材のコクを出すのに適している。湖塩は、火を通すと甘味が出てくるが、今回はポテトサラダなので、あまり相性が良いとは言えない。
「出来ましたよ。」
綺麗に焼き上げたハンバーグをお皿に盛る。付け合わせがポテトサラダなので、今回は普通の洋風ハンバーグだ。
「はぁ…。綺麗に焼きますのね。流石、オール4の文武さん。」
オール4の文武…久しぶりに聞いた…。
入学当初から、成績を下げも上げもせず、4のみを取り続けた結果、周りが勝手に言い出した呼び方だ。最近は聞いていなかったので、存在を忘れていた。実際は、平均点を取っていった結果なのだが…。
「4点。」
料理を持っていき先生に試食してもらうのが、採点方法だ。今回も狙い通りで、心の中でガッツポーズを決める。隣で絶句している人もいるが、気にしない。そりゃぁ、あれだけ熱弁してこの点数は、本人として納得しないだろうが、肝心の塩の理解が的外れなので、点数は落とされるに決まっている。それで4点も取れているのは、私のおかげと言っても決して過言ではない。自慢ではなく、ただの事実だ。
「文武さんはまた4点。惜しかったですわね。5点が取れないなんて。」
無論、取る気もない。それに、今回は全面的に彼女のせいだ。点数の問題で、わざとミスをすることもあるが、今回は哀れまれたり、恩着せがましく言われる筋合いはない。
「5点。」
教室に響く最高点のコール。見なくてもわかる。虎だ。
「ありがとうございます。」
思わず背筋を正してしまうような声。この学校の生徒会長にして、学年首席。この学校の理事長の息子というオマケも付く。五十嵐虎は、そんな奴だ。
「凄いな、五十嵐さんは。どうしたら、1人でそんな点数が取れるんだろう。」
ペアを作らなくてはいけない課題でも、彼についていける生徒がいないため、特例として1人で作っている。クラスが奇数なのも、彼に味方している。そこは偶然であってほしい。
授業後、1人の女子が先生に詰め寄っていた。ポテトサラダがどうとか聞こえているので、正解が知りたいのだろう。そういえばと、私はペアの料理を思い出す。塩の話以外は、全て知っていたかのようにあっている。食材の種類から分量まで。むしろ、塩でそこまで間違えたのが嘘に思えるくらいに…。
「文武さん、そこのお塩を取っていただけますか?」
不意に言われて少し動揺する。反射的に今回の課題で使っていたシチリアの海水塩を渡す。
「ありがとう。これが今回の…。」
先生の言葉が止まったのも無理はない。普段、危険な状況にいない私もわかった。殺気だ。人1人くらい平気で殺しそうな殺気。それが自分に向けられていた。
「何で…何で、貴方が…それを…知るはずもない、正解のお塩を持ってこられますの!?」
やってしまった──。あろうことか、目の前にいたのはペアを組んでいた子で、私が、塩なんて分からなかったと言った相手だ。先生も彼女の言葉で気がつき、私に驚きを隠せない表情を向ける。
「たまたま近くにあったから…。」
苦しい。
「いいえ。そんな事はありませんでしたわ。貴方は置いてある塩の中で、利き手とは逆の遠い方を取りましたわ。普通は1番近い物を取りませんこと?」
瞬時にまくし立てられた。どうしようかと頭を巡らしていると、教室のドアが開いた。
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