3個目

Ⅲ.

虎の暴露大会が始まった。学校内の舞台裏的秘密から家庭環境に至るまで、ありとあらゆる話を並べた。その開放さと追及心の強さは拍手喝采だが、自分の秘密を話すまでにはならない。

「これでもまだ駄目なのか。」

そらそうだ。家庭環境までは言っていても、自分の話は殆どしていない。そんなんでこっちの身の上話が出来るかという思考を巡らしてほしい。

やんわり伝えてみたところ、

「僕の話は殆ど無いからね…。大体は皆に知られていることだと思うし…。」

と言う返され方をされてしまった。

しかし、その点については同意する。こういう立場の人にしては隠し事が少ない。そこを支持されて、生徒会長をしている。

ふと、虎の顔に目がいった。と、同時に虎の口の端が持ち上がる。虎がこの表情をすると、只の悪魔のように見えなくもないと思う。

「あえていうなら、こんなもんか。これでダメなら、話を聞いてからの後払いを考えてもらわねーとな。」

今の顔に良く似合う、だいぶ柄の悪い口調が耳に届く。

「これが俺の素なんだよ。これ以上ないくらいの秘密だろ。学校で戻ることは、まず無いからな。」

驚きすぎて声も出ない。そこに居るのは確かに虎なのに、部屋の空気まで変わってしまったかのように思えるほど、虎がまとう空気は違った。

「真木の前でしか戻らねーから、珍しいぞ?亜貴奈の前ですら戻らねーしな。」

わからない。今目の前で起きていることの正しい処理の方法が、答え方が、自分のもつ秘密の価値が、まったくもって分からなくなる。役に立たなくなった頭がやっとの思いで割り出した答えは、とても見当違いなものだった。

「…亜貴奈…?どうして五十嵐さんが…っ!」

聞いている途中に自分で答えが出た。先程からの違和感。生徒会長とあれだけ言い合えるのが不思議でならなかった。

「亜貴奈と俺は兄妹。知らねーの?有名だと思ってたわ。」

興味が無かったので知らなかった。おそらく、学校中が知っていてもおかしくない事なのだろう。クラスでも亜貴奈は少し皆の反応が違った。顔色を伺っているような、怯えているような。亜貴奈が私とよくペアを組みたがっていた理由が何となくわかった気がする。しかし、と言うことは、だ。

「五十嵐さん…亜貴奈さんは、昨日の調理実習の事を貴方に言ったんですよね?何て言ってましたか?」

今更だが、お互いが探り合いをし過ぎて本題がハッキリしないまま脱線に脱線を繰り返したような状況になっていた。思いがけないところで本題に戻る機会が出来たが、まだ油断できない状況だった。五十嵐の解答によって、本題は変わる。

「ん?そーだな…。確か…『聞いてください、お兄様!文武蘭が私を裏切りましたの!』とか『彼女、言動が一致していませんの!調べてくださいまし!』とか言ってたな。そう言えば、よく意味が分かんねーから、何もしねーうちにお前を呼んだんだわ。」

虎が亜貴奈の口調を真似て言う。妙に似ていて思わず吹き出しそうになったが、笑っている場合ではない。これで本題は決まった。決まってしまったのだ。最悪の方向に。

前者の件はまだ良い。亜貴奈が勝手に思ってるだけなので、基本関係ない。問題は後者なのだ。絶対に隠したい内容であり、かつ虎が対価を払ってしまっている為、拒否権がない。それに虎のことだ。きっと、いや絶対に言うまで帰さないだろう。

それに、虎の対価が自分の話の価値に見合っていないと思う。虎の差し出したものは、虎にとって基本はマイナスなことだ。対して自分の隠すべきものは、普通に考えれば隠すどころか自慢して良いレベルの事になる。個人的には弱みと言う点で相殺されている気がするが、相手にとっては自分だけ弱みを見せたと取れなくもない。と言うか、普通ならそう取る。しょうがない。

「裏切り?なんの事を言っているのかわかりません。亜貴奈さんが勝手に信頼して、勝手に裏切られたと思っているだけではありませんか?」

1つ目の問題解決を引き延ばすしか、方法が見当たらない。

「だろーな。じゃ、言動の不一致は何の事だ?何か心当たりねーか?」

無謀だった…。この五十嵐虎を前に隠し事をすることは、不可能に近い。何もかも答えが分かっているかのように人を誘導する。そして、気づいたときにはもう遅い。退路は完璧に絶たれ、自白するしかなくなる。

黙り込んでしまった私に、虎は余裕な顔でこちらを見ている。

「まぁ、いーわ。今日は遅いし、そのうち分かるだろ。人を待たせてるだろうし、今日はもう帰れ。」

思いがけない言葉が耳に届く。まぁ、色々勘違いをしているっぽいが、帰してくれるなら何も文句はない。

「では、失礼します。」

こう言うときは、余計なことを言わないにかぎる。これ以上話を続けるといつ切れるか分かったもんじゃない。

とりあえず、足早に部屋から出て帰路につく。外に出て気がついたが、相当な時間が経っていたらしい。少なくとも、女子高生が1人で歩くような明るさではない。家の周りに街灯がないことを思い出して憂鬱になりながら、蘭は商店街の方へ歩いていった。

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