第6話 時間旅行者からのささやかな贈り物

 オーディエンスに宣言すると、突如視界が赤く染まった。

 突如鳴り響いたアラーム音。白い部屋は紅い照明によって照らし出された。


「大丈夫、プログラムのアップロードは済んだ。ボクらの勝ちだよ」


 ボクがミヤさんに作成を依頼したプログラムは、端末間の近距離通信(すれ違い通信のようなもの)を利用し、ある機能がオフになっている端末を炙り出すものだ。言うまでもなく、GPS機能がオフになった端末を。


 これにより、犯人からすれば周りにいる全群衆から追い詰められることになる。周りは全人間が警官状態。善良なる市民達の位置との誤差から、犯人の居場所は特定される、逃げ場無し。

 このパッチから逃れようとGPSをオンにしたならば、その時点で自分の居場所を当局に自白するのと同じ事になる。


 ──以上、ヤツの詰みだ。


「しかし、これは一体?」

 赤く照らされる室内に、ボクは自体が把握できないでいた。

「やっちゃった……よね、完全に……」

 ミヤさんは何か諦めきった顔を浮かべている。


 壁と見分けがつかない扉が開き、中から黒服でフルフェイスヘルメットを被った人物が現れた。

 ストームト○ーパーかよ。


「m^815……あなたは重大な罪を犯した。禁則事項、事実以外の表現、主観を用いた発言、死者の復活に準ずる記述、死者の権利違反、これらは許されるものではない」

「……分かっています」

「あなたの報告はリジェクトされる。その後のあなたの処置については追って通達される。何か弁明はあるか?」


「そうですね……。伝えようと書く以上、伝わるように書かないといけない。そして、伝わるように望む必要があるんです。

 そして、犯人の確保以上に死者の尊厳を守ることは無いしょう。

 形式上の、ただの『記述』なんて、なんの意味があるんでしょうね?」

「あなたは社会を扇動し、治安を乱しました」

「……否定はしませんよ、だけどもう一つ」


 ミヤさんはボクの方を向く。


「世話になったね、アキラ……。いや、そうじゃない、そうじゃなくて……!

 ボクは、凄く楽しかったよ。君は無茶苦茶で、だからサイコーだった。あんな記事を作成しようとするヤツ、絶対君ぐらいさ」


 やけに楽しそうに笑いかける。


「これから、キミはどうなるの?」

「監獄行きかな。大丈夫だよ、死刑は随分前に廃止されてるから」


「……そっか」

「ああ……」


 しかし、ボクとしても主張したいことはある。


「一つ言いたい。これはボクが言い出した事だ。この人に罪はない!」


 ボクは声を大にして言い放った。


「……お前は何者だ?」


 と、管理者のような人はボクに問う。


「偶然紛れ込んだ過去人だよ。この事態はボクが先導した、罰されるのはボクの方だけど、どうする?」


「m^815……これは本当か?」

「次元バイパスに不都合があったようです。どうかこの人には寛大な処置を、元の時代へ帰してあげてください」

「規定通り行う。記憶の削除と同時に送還する、キミ、こちらへ来たまえ!」


 ボクは部屋から出る。

 どの道記憶は消される予定だったのだから、と虚勢を張る。


 その時、カバンからちょっと何かを落としたような気がするけど、まぁ、この記憶も消去されるし、別にいいや。ちょっとした『時間旅行者からのささやかな贈り物』ってことで。


 白い廊下をすごく複雑な右折左折を繰り返しながら歩いていく。いつの間にかたどり着いたのは、白い廊下の中にポツリと立っている一つの扉。


 見慣れた図書室の扉だ。


 その扉を開くと、夕焼けに染まる赤い廊下があった。


 ――もうこんな時間か、また下校時間ギリギリまで読みふけってしまった。


 一九八四の続きは、ラノベで口直ししてから読もう。たしか、銀髪美少年が登場するラブコメを前から読もうと思って確保していた。


 銀髪美少年? と、何かがボクに引っかかる。


 家に着くと非常事態が発生した。


「図書室の本無くすとかあり得ないんだけど……!」


 やってしまった。いくらなんでもコレはマズい。どれだけ抜けてるんだボク、と軽く涙目になる。


「よりにもよって読みかけの一九八四を無くすなんて……!」


 鞄に直したよね? 道に落としてたりしたら見つけようが無いんだけど!


 その時、謎の発光体がボクの部屋の中に出現した。机の上で何かが輝いている。

 え、なになに、これってもしやファンタジー展開!? 召喚されちゃう系? さっきまでラノベ読んでたからワクワクする!


 しかし、突如としてその光は消えた。


「なんだったんだ今の……?」

 そして、机を見てみると、そこには無くしたはずのオーウェルの一九八四があった。


「ふぁっつはぷん?」


 表紙を開いてみても、それはなんの変哲も無いただの本。ただ、覚えのない栞が挟まっている。

 妙にキラキラする材質でできたその栞には、メッセージが透し彫りされている。



 ──キミは、未来を変えた。

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叙述的ディストピア 椎名アマネ @shiina0102

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