Epilogue【先生、ココアシガレットは喫煙に入りますか?】


 太陽の光が乱反射する海は緑輝色で、海鳥が遠くの方で鳴いている。俺は今バカンスの真っ只中にいる。

 死にかけたおかげでやっと?手に入れた休暇はなんだか手に余る感じがして、俺っていつから休日の過ごし方を忘れるほど働き者になったんだっけ?

 ちなみに死にかけたおかげっていうのは、あの夏の日々のせいではなく、単に連勤に次ぐ連勤で疲弊していたからだ。


 あれから3年。

 長いようであっという間だった。


 メグミは卒業してから八鷹組からの報酬を入学資金に充て保育士の専門学校へ進んだ。


 あのひょろかったシュンは自分の中の正義感を燃やし、今は警察官候補生だ。

 シュンの親友のタカシは「お前の言ってることはわかるけど分かりたくない」そう俺に悪態をついて、今はシュンと同じ警察学校で学んでいるらしい。


 あの時の経験も、喧嘩も、失敗も結局すべて繋がっているんだ。

 微睡みながらふとそんなことを考える。


 その場では徒労だと感じるかもしれない。

 やらなきゃよかったと後悔するかもしれない。

 でも起こした行動には必ず結果が生まれる。そういった結果の一つ一つが今を創り上げているのならやってみるのも悪くない。


「なぁ総悟。俺さ―――父親になったよ」


 リクライニングチェアに揺られながら、目の前いっぱいに広がる海原を眺める。

 俺たちの座るテラスの手前にはプールがあってサユリはそこで水死体ごっことか言いながら浮いている。


「え、今なんて?」

 隣で見上げる小さな顔に俺は「なんでもないよ」と返す。


 タイのプーケット島に建てた校長の別荘に滞在して三日が経つ。

 一日目は家族で観光。二日目は校長たちとダブルデート。

 そして三日目。さんざ買い物だ観光だと付き合わされ、やっとのんびりと時間を過ごせている。

「ねぇ。夕方、八鷹さんとこ行ってみようよ」

「そうだな」

 プールの縁に顎を乗せながらサユリは足をばたつかせている。

「夕方はどこへ行くんです? 」

「ああ、知り合いに会いにな」

 横を見ると小さなリクライニングチェアに背中を預け、落ち着き払った息子の姿。

 咥えるのはシガレット。

 まるでデニーロ。

「さーくん達もこっち来て遊ぼうよ」サユリが言う。

 いや、普通逆だろ。


 抗争で解体されてしまった八鷹組は逃げ込んだ先の病院で無事ナナスケの体からブラックオパールの摘出を終え、換金した資金源を組の立ち上げではなく、店の立ち上げ資金に充てた。

 立ち上げたのはおにぎり屋だった。具に指とか入ってないだろうかとつい考えてしまう。でも俺の予想と反して店は繁盛しているらしく、あの武骨な顔も、JAPANESE SAMURAIと賞されているらしい。


 冷たっ。

 飛んできた水しぶきに振り返るとサユリがまた飛沫を飛ばした。俺に向かって飛んでくる水滴の一つ一つは太陽が宿っているみたいに輝いていた。

 また飛沫がかかり、目を瞑る横で息子は涼しい顔をして、海を眺めている。

 横に置いてあるポシェットを見ることなく手探りで息子はなにかを取り出そうとしている。

「手伝おうか? 」

「いえ……あっ、ありました」

 息子の手には小箱があった。

「一服どうです? 」

「お、気が利くね。ユウホくん」

 小さな手から差し出されたのは煙草ではなくココアシガレット。

 俺の横では冴島勇歩がすでにシガレットを口にくわえていて人差し指と中指の間に挟んでラムネを舐めている。

「君も将来、立派な喫煙者になるね」

「そうですかね?」

 そうですよ、と返す。どこで覚えてきたんだか最近の勇歩のマイブームは丁寧語、らしい。

「にしても、今日も暑いですな」

 ユウホはシガレットを口から出し、ふぅーっと息を吐きだす。

「ですな」

 ユウホと同じように俺もシガレットを少し歯で欠いた後、口から離し息を吐いた。煙の代わりにかすかに甘い匂いがした。

 その匂いは温かな海風に乗ってどこかへと運ばれていく。


 今、みんなは何をやっているんだろうか。


 また、夏が来る。また、明日が来る。


 この先どんなことが待っているんだろうか。どんな経験ができるんだろうか。

 それはその時が来なければわからないし、やってみなければわからない。


 だったら―――俺はこう考えることにする。


 初期衝動のまま、

 青臭い気持ちのままでいい。

 その気持ちを胸に抱いて、まずは飛んでみようか。と。

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青を抱いて飛べ 野凪 爽 @yanan1001

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