さよならも言わないで
椿童子
第1話 新しい部長は銀行員!
「おい、今度の部長、銀行から来るんだってよ」
3月下旬、職場に話題はやはり4月1日の人事異動、中でも定年退職する部長の後任は誰か?ということだが、情報通がもたらしたこの話にあちらこちらで盛り上がっていた。
「イヤだね。『私が銀行にいた時は』なんて、元の職場の自慢話ばっかりされたって、そんなことは俺たちには関係ないような」
「噂だと、失敗して左遷されてくるらしいぞ」
「バカにするなって言いたいね。ここは姥捨て山じゃねえぞ」
男性社員たちは食堂の自動販売機の前でコーヒーを飲みながら、給湯室ではサボリにきた正社員の女の子たちも
「新しい部長さん、銀行から来るんだって」
「えっ、銀行!細かそうでイヤね」
と囁き合っていた。
牧野(まきの)真由美(まゆみ)はこの会社には派遣社員として働く身だから、どんな部長が来ようと関係はないのだが、職場の雰囲気が変るのは気になる。
「明美さん、新しい部長さんの噂、聞いた?」
同じ派遣社員の小池(こいけ)明美(あけみ)も、噂を耳にしていたらしく、「聞いた、聞いたわよ」と、その話に飛びついてきた。
「銀行員なんだって?イヤねえ」
「でも、銀行員って、そんなにイヤなのかしら?」
「だって細かいでしょう?」
「仕事はそうでも、それ以外では、何でも細かいって、そんなことないでしょう?」
「あれ、真由美さんの旦那さんって、もしかして銀行員?」
「うちの人?違うわよ。車の営業マンよ。『今日も接待』、『明日も接待』って飲んでばかり」
その通り、夫は毎日の接待を「生きがい」と豪語するお調子者。
「うちの人に銀行員なんかできっこないわよ」
「そうか…でも、真由美さんって、何んだか銀行員を庇っているみたいだから、そんな気がしたの。ははは、ごめんなさい」
明美は“気にしないで”って感じだったが、真由美はドキッとしていた。
(あの人のことを意識しているつもりはないのに…)
真由美の頭の中は遥か昔に戻っていた。
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