第5話 胸がドキドキする
結城部長は、見た目では、小池明美が言う「冴えないのよね」だったが、よく磨かれた靴、真っ白なワイシャツ、折り目のきちんとついたスーツは、さすがに銀行員!という感じだった。
さっそく、正社員の女の子の溜まり場、給湯室では、「結城部長さん、凄いのよ。昨日、一緒にカラオケにいったら、マイクを離さないで、10曲連続、それも上手いのよ!」とアフターファイブの評判はよかった。
しかし、仕事では、明美が言う「冴えないのよね」だった。
「やる気がないよな。中身も見ないで判子押すだけだ。あれなら、俺でもできるよ」
「カラオケの時のように、もっと仕切って欲しいよな」
「あれじゃあ、銀行を追い出される訳だよ」
と、食堂の自動販売機の前でコーヒーを飲みながら話す男性社員たちにはボロクソに言われていた。
真由美は配布物を配る時、結城部長の机の傍を通ることがあったが、眠そうな顔をして座っているだけで、机の上は経済新聞以外には何もなかった。
(あれじゃ、ああいわれても仕方がないわね)
少し離れたところでコーヒーを飲んでいた真由美はそう思ったが、その時、カツカツと廊下の向うから靴音が聞こえてきた。結城部長だ。
「まあ、あれこれ細かく言われるよりはいいけどね」
「そうだな。おい、やばいぞ。結城部長だ」
「あ、いけねえ」
男性社員たちは慌てて手にしていたコーヒーカップをゴミ箱に入れると、逃げ出すように執務室の方に戻っていった。
「コーヒーはここで飲んでいいのかな?」
「あ、はい。皆さん、そこで飲んでいらっしゃいます」
突然、声を掛けられた真由美は顔はじっくり見る余裕はなかったが、耳に記憶のある声、確証はないが、あれは正也クンに違いないと思った。
「そうか、ありがとう」
結城部長はニコッと笑うと、小銭入れから100円玉を取り出し、その自販機に入れていたが、真由美は胸がドキドキしてきた。
「し、失礼します」と言うと、執務室には戻らず、そのままトイレに駆け込んだ。
気持ちを落ち着かせようと、「ふぅぅー」と大きく息を吸って、「はぁぁー」と吐き出した。でも、洗面台の鏡に映る自分を見たら、頬が赤い。どうしてとそこに手をあてたら熱い!ウソ!バカな、バカな、いい年して……でも「高橋」ではなく、「結城」なのはどうして?
疑問は解けないが、胸はドキドキしている。
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