最終話 さよならも言わないなんて
「土曜日、東京のご自宅に向かわれた結城部長が交通事故でお亡くなりなられました……」
週明けの月曜日、全社員が集められた朝礼で、沈痛な面持ちの工場長から彼の訃報が知らされると、真由美は体がブルブルと震え出し、「わぁー」と叫んで、その場に膝から崩れ落ちてしまった。
「ど、どうしたのよ!」
驚いた小池明美が駆け寄ると、真由美が古い写真を握りしめ、「あなた」と大粒の涙をこぼしていた。
それは30数年前、正也クンが上京する前日、公園でデートをした時に撮ったものだった。
「昔から知り合いだったの?」
小池明美はそう言って背中を擦ってくれたが、真由美にはその問い掛けに答える力など残っていなかった。
高校の同級生で初恋カップル。「好き」とは言ったが、「愛してる」とか「結婚しよう」などと言ったことはない。手を繋いだだけ。キスなんかしたことも無い。30数年、ずっとプラトニックな関係だったが、誰よりも愛していた。
「どうして、どうしてなの…お別れの挨拶もしていないのよ」
泣き崩れる真由美の背中からは、「ええ、お通夜には工場長と私が伺うことにことになりました。お世話になった方々で香典等の用意がある方は…」と副部長の庶務的な話が虚しく聞こえてくる。
(さよならも言わないなんて、あなた……)
彼女の涙の意味を知る者は誰もいない。
(了)
さよならも言わないで 椿童子 @tubakidouji
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