第2話 遠い昔のこと


「真由美、どうするんだ?」

「やっぱり東京はダメだって」

「そうか、ダメか。」

「下宿したらお金もかかるし、授業料も高いから、仕方がないわ」


真由美と高橋正也(たかはしまさや)は長野県の県立高校の同級生、いや、二人の気持ちをもっと正確に表せば「初恋カップル」。そんな二人も今年は3年生だから進路を決めなくていけない。


真由美は一橋大学を目指す正也と一緒に東京の大学に行きたいと思っていたが、父親からは「国立大学なら考えてもいいが、私立大学なら、親元から通え」と言われてしまった。しかし、自分の学力からすれば、国立大学なんぞ、夢もまた夢。その上、母親からは「女の1人暮らしなんか、とんでもない!」と取り付く島もなかった。


このままでは来年4月には離れ離れになってしまう。どうしようかしら?悲しみに暮れる?いやいや、恋人といっても将来を約束した訳では無い。単に夢を語りあっただけだから、「残念」と思っただけだった。


そんなことより受験だ。


「できた?」

「うん、大丈夫かな。真由美は?」

「分らない」

「ダメなら浪人?」

「まさか。就職かな」


こんな風に心配してはいたが、正也は見事に一橋大学に合格、真由美も地元の私立大学に合格した。とにかく二人とも4月からは大学生だ。


正也が上京する前日、二人はセックスしたのか?とんでもない。キスだってしない。手を繋いで歩く、それだけで満足のプラトニックラブ。


公園を歩き、あれこれ話し合うが、やはり最後はこれからのこと。


「駅に見送りに行きたいけど、みんながいるから恥ずかしい」

「僕は真由美を信じている」

「手紙、書くから」

「うん、僕も」


暖かい春の日に包まれ、二人は幸せだった。


こうして二人の〝遠距離恋愛〟は始まったが、同じ高校の先輩カップルで失敗した例は多かった。でも、「私たちは違う。絶対に大丈夫」と真由美も正也も思っていた。


今ならスマホで簡単に話ができるが、当時は下宿に電話もない時代、手紙だけが、二人の気持ちを繋げる方法だった。


その約束どおり、最初の手紙は上京した2日後に届いた。

「下宿は4畳半のアパートです」

そんな簡単なものだったが、真由美は嬉しかった。


「今日、入学式でした」

真由美の返事も短かったが、お互いに気持ちが通じていることだけでよかった。


4、5月だけで、取り交わしたハガキや手紙は30通を超え、「東京は人が多く、至る所に街灯があり、夜でも明るい」、「新宿には数え切れないくらい映画館がある」など、東京の刺激的な生活を伝える手紙に、真由美は読んでいてもドキドキし、彼と一緒に歩いているように感じていた。


「東京に行ったら新宿に連れて行って下さい」

「うん、連れて行くよ。待ってるから」


特急列車に乗れば2時間も掛からないが、真由美にとって「東京」は遠い空の向う。出掛けて行くことなど出来なかった。


「会いたいな」

「夏休みになったら直ぐに帰るから」


こんなハガキのやり取りを繰り返し、待ちに待った夏休みだったが、帰省した正也は「なんで不便なんだよ」と頻繁に口にしていた。いつも一緒にいれば何でもないことかも知れないが、真由美は大切にしている故郷をバカにされたように感じがして、「あれ、変わったのかな?」と違和感を覚えていた。たった、それだけのことだったが、何となく彼への思いが醒めていき、9月以降、真由美は正也宛の手紙をあまり書かなくなり、同じく彼からの手紙も回数が減ってきた。


だが、正也が帰省すれば、二人だけで食事をしたり、話し合い、関係は元に戻る。

私たちの関係は他の人とは違うのよ、二人ともそう信じて疑わなかった。しかし、生活環境からくる微妙な気持ちのずれは、どんどん大きくなり、それに加え、大学2年生になると、正也の両親は東京に転居し、ここは彼の帰る場所ではなくなった。


こうして、真由美の初恋は「さよなら」も言わずに終わってしまった。

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