第7話 僕だよ
結城部長が着任して3ケ月が経った頃、社内ボーリング大会が開かれた。
「牧野さんは結城部長と、小池さんは副部長と同じレーンでお願いします。」
給湯室では正社員の女の子たちは「結城部長とカラオケに行きたい!」などと言ってはいるが、こういう時は、派遣社員のオバサンたちに年寄りを押し付けてくる。
ただ、小池明美だけが、「チャンスね」と肘で横腹を突いてきた。
「ははは、ボーリングなんか20年振りかな?みんな、よろしく」
そう言って結城部長は同じレーンの3人と握手をしたが、真由美には他の二人よりもその時間が長かった。
「それでは、結城部長、始球式をお願いします」
「部長さん、頑張って!」
女の子たちの声援に送られての第1球はなんとガーター!
「だめだな、こりゃ、あははは」
頭をコンコンと叩いておどける部長の謂わば〝ダブル・ファインプレー〟に、ボーリング大会はとても和やかな雰囲気になった。
ストライクが出ればハイタッチ、スペアでもハイタッチ、ガーターならダブルのハイタッチと楽しく過ごしたが、二人で話す時間などはなかった。だが、〝待てば海路の日和あり〟。帰り際、先にボーリング場を出た真由美は結城部長と二人だけになることができた。
「元気だった?」
「えっ…」
「僕だよ」
「やっぱり」
最後の会ったのが20歳になる前、まだ大人の顔になっていなかったから、50歳を超えた今、顔付きは随分と変わってしまったが、優しい目元は昔のままだった。
「最初の挨拶の時、首を捻ったから、そうかなと思ったの」
「僕もコーヒーを飲みに行った時、首筋のホクロで真由美じゃないかと思ったよ」
真由美は頬が緩み、結城部長、いや、正也クンもニコッと微笑んでいた。
「婿養子になったのさ」
「だから結城なのね」
「そう、でも正也だよ」
「ふふふ、正也クン。あら、叱られちゃうわね、部長さんなのに」
「ははは、真由美に『部長さん』なんて言われると恥ずかしいよ」
いい雰囲気になってきたのだが、〝お邪魔虫〟、他の社員たちががやがやと出てきてしまった。
「部長、このまま帰るんですか?」
「いや、君たちを待っていたんだよ」
「そうこなくちゃ。よし、今夜は部長のおごりだ。みんな、行くぞ!」
「おいおい、副部長。それは酷いな」
「何を惚けたことを言っているんですか。交際費で落とせばいいでしょう」
「ははは、コンプライアンス違反だな」
「だから銀行出身者は嫌われるんですよ」
「そうか、それはいかんな。よし、構わん。伝票を回せ!」
多くの部下に囲まれた正也クンは小さく「またね」と手を振っていた。真由美も「気をつけてね」と返した。
帰り道、真由美は「ふふ、楽しかった」と一人微笑んでいた。
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