コンビニバイト女ふたり

るびび

第01魔 -世界の壊し方-


 魔の時間。

 コンビニバイトに於いて、客足が遠のき、やる事が無くなったクッソ暇な時間帯の事である。

 私たちアルバイトはそう呼んでいた。誰が最初にそんな事を呼び始めたのかは知らないけど。


「リナさんやリナさんや」


 そんな魔の時間が始まって、僅か十分ほど。

 同じシフトで、同じオタク趣味を持つ、同い年の女。

 隣に立つ、火山 詩穂ひやま しほに声を掛けられた。


「あー?」


 リナと呼ばれた私、風間 林奈かざま りんなは気怠けにその声に応える。視線は店内の時計から逸らさないまま。


「この時間は暇だよねー」

「あー」


 肯定の、あー。

 そんな事は言われなくても分かっているのだ。あと二時間もすれば引き継ぎが来る。それまでの辛抱だ。


「暇だねえ、リナ様」

「あー」


 私は別に、ぼーっと考え事をするのが好きな性だから、突っ立って変なことの一つや二つや三つを考えてればいいものだが。


「暇だよう、リナっちょ」

「あー」


 この女は。

 火山詩穂は、魔の時間の沈黙に耐えられない性格をしているのであった。

 暇であることを執拗にアピールしてくる。


「リナたん、暇すぎてアタシ死ぬよ」

「あー」


 対する私は、相槌をctrl+c→vコピペしてEnterを押す。全く同じイントネーションで、あー、を繰り返し続けるbotと化していた。


「次あーって言ったら怒るからね、リナリナ」

「あー」

「ムキーッ! ちょっとは構えや!」


 本当にキレた。

 今日び、ムキーって怒る奴なんて世界中探しても詩穂くらいしかいないんじゃないだろうか。


「ファービーだってもう少し語彙あるよ!」

「あー……ファービー以下ってディスられるの割と心に来るものがあるな」

「語彙力ファービー以下の女、肩書きとしてめちゃくちゃ面白くない? リナえもんにぴったり」

「ぶっ飛ばすぞ」

「モルスァ」


 ……仕方ねえな、構ってやるか。脳内で繰り広げていた、顔がいい男たちによる宴の中断データを作り現実を見る。


「そんな暇なら、店内ポップでも作ったりすれば?」

「え、やだよ。なんでアタシがそんなめんどくさい事しなきゃならんの」

「暇なんじゃねえのかよ……」

「暇だよ。でもポップ作れって言われるくらいならトイレ掃除してた方がマシだね」

「じゃあトイレ掃除すれば?」

「え、やだよ。なんでアタシがそんなめんどくさい事しなきゃならんの」

「暇なんじゃねえのかよ……」

「暇だよ。でもトイレ掃除しろって言われるくらいならポップ作ってる方がマシだね」


 この有様である。

 詩穂は、必要な業務や課せられた仕事であれば誰よりも完璧にこなす。が、余計な仕事、やらなくても良い仕事は何がなんでもやらない性格だ。

 今日はポップを作ってまで売り捌かないといけない商品も無いし、トイレ掃除だって魔の時間が始まる三十分前に詩穂が完璧に終わらせている。

 それらを知っておきながら先の提案をしたのは、詩穂の気が狂ってポップ作ったりしてくれれば私に静かな時間が戻ってくるのになという淡い期待に賭けたものだ。しかし結果は無限ループが始まっただけ。


「──ね、風間さん」

「ん」


 なんて返してやるものかと思案していたら。

 ついさっきまで私の事は名前もじりの渾名で呼んでいたくせに、急に真面目な様子で私を呼ぶ。ちゃんとした話だろうか。


「もう……労働なんて放り投げて──こんな世界、何もかも滅茶苦茶にしちゃおっか」


 違った。

 真面目に聞こうとした私の気持ちを返せ。

 シリアスな表情と声色だが、どっかで聞いた覚えのある台詞だった。なんだっけ、誰だっけ。ほむらちゃんだっけ。

 ……要するに詩穂は、暇で仕方ないので私との愉快な会話を所望しているらしい。しょーがねーヤツだ。


「世界を滅茶苦茶にって、どんな方法で?」

「えっ」


 予想してない言葉が返ってきた。

 えっ、ってなんだよ。

 詩穂を見れば、乗ってくるんかい、みたいな顔だった。乗ってやったのに。振っといてそれは酷くないか。


「……えーと」

「考えてねえのかよ……」

「待って、今考える」

「二時間くらい考えてていいぞ」

「十秒で考えるから待って!」

「十秒で世界滅茶苦茶に出来る方法が思い付いたらそれは天才だぞ」

「アタシは天才になる!」


 そこで凡才は一度沈黙した。

 そしてきっちり十秒後再び口を開く。


「店の値札の税別税込表示を7:3の割合でランダムにする」


 ドヤ顔で言われた。

 思考回路小学生かよ。


「……それで世界が滅茶苦茶になるか?」

「税込税別表示をランダムにする事で買い物に来た学生及び主婦ないし老人が混乱に陥り暴動が起きてやがて世界は滅茶苦茶になる」

「混乱から暴動までをもっと補完しろ。歴史の教科書じゃねえんだぞ」


 そんな事で暴動起こす人間、怒りの沸点相当低いだろ。関わりたくねえな。ちょっとした事ですぐ本社にクレーム入れそうな性格してる。


「──そうか、そうすれば良かったんだ。値札をいじれば良かったんだ」

「聞いちゃいない。……まあ? 一切賛同が得られてない事に目を瞑れば良い案だと思う」

「でっしょ。そんなわけだからリナたそ、アタシちょっくらバックヤード行ってくるね」

「……なんで?」


 一人で勝手に何かを納得した詩穂が、すたすたと私の脇を通り過ぎる。

 それを見届けることも見送る事もせず、時計に視線を戻しながら問う。


「店内ポップ作ってくらあ」


 こいつ。

 めんどくせえんじゃなかったのかよ。

 まあいいか。これで私に静かな時間が戻って来そうだ。


「……好きにしてくれ。私が呼んだら三秒で飛んで来いよな」

「おうよ」

「文字通り飛んで来いよな。宙を」

「比喩じゃないの!?」


 そうして詩穂がバックヤードに籠ったことで。私に再び静かな時間が訪れた。

 中断データから妄想を再開。宴の時間だ。

 

 ──それから詩穂が、税込税別が別になってる手書きの値札を大量に引っ提げて戻ってきたのは、私が数人の接客を終えた頃だった。

 何かの使命に燃えるかの様な目で、店内の値札をいじくり回す。やめとけと小声で言ったけど止めるはずもなく。


 結局、引き継ぎに来た店長に値札がバレて、詩穂だけ怒られたのであった。


 今日の魔の時間終わり。

 おつかれさんでした。

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