第09魔 -募金がどーのこーの-

「ありあとあしたー」


 適当な挨拶で、洗剤と缶コーヒーを買っていったお姉さんを見送った。店内の客はこれで最後。今日も無事、魔の時間入りを果たしてしまいそうだった。


「リナちー」

「どうした」


 隣に立つ詩穂からの呼び掛け。

 それに視線を寄越さずに応える。


「さっきのおねーさん、お釣り全部募金箱に突っ込んでたね」

「マジか」


 全然見てなかった。レジ打ちして、商品詰めるのは詩穂がやってくれてたし、ぼーっとしてしまっていた。


「いい人だなあ」

「いい人だねえ」


 率直な感想。

 見知らぬ誰かの為に僅かでもお金を落とせるのはなかなか出来る事では無いと思うし。


「そういえばアタシも昨日募金したんだけどアタシもいい人って事でいい?」

「いい人になろうとしなければいい人だったのに」

「クソっ、選択ミスか」

「……ともかくとして、お前も募金とかするんだな」


 あんまりそういうイメージ無かったから、少し意外だ。意外な事が多いな、こいつ。


「まーね。駅前でさあ、休日だと言うのに小学生たちが募金箱持ってナントカたすけあい募金に募金お願いしまーすってやってるわけですよ」

「ああ……たまに見るな」

「アレ、ずるいと思う」

「何がだよ」

「帝都カリクマくらいずるい」

「この話の流れで帝都カリクマを喩えに出す奴いる?」


 なんか急に募金の話から、意中のお姫様を擁立するゲームの話に飛翔したんだけど。世界線変わったのかと思った。


「……要するにアレか。小学生たちに募金を促される事で良心に訴えられてつい募金しちゃうみたいな強さがあるって意味?」

「まあだいたい概ねかなりそんな感じ」


 詩穂の言いたいことがなんとなく分かってしまうのがなんか癪だった。これだからオタクは。


「昨日は気分がよかったから、さっと十円募金したんだよ。なんとかたすけあい募金に」

「うん」

「小学生たちにありがとうございまーすって言われて、まあまあ上機嫌に帰ってきたわけ」

「うん」

「で、家に帰ってきてふと思ったのね」

「うん」


 そこで間を置いて、詩穂はなんか真剣な表情になった。何を言うつもりなのか。


「たすけあいを謳っておきながら、募金側はアタシのこと助けてくれなくない? って」

「……」


 そりゃあ、お前。

 そうだろうよ。


「募金って特定の個人に還元されるものじゃ無いしな……」

「分かってるよ。分かってるんだけどさ。それでも、なんか急にイライラした」

「キレるポイントが理不尽すぎる。二歳児かよ」

「助けてくれないのにたすけあいとか言わないで欲しいよね。普通に義援金って言ってくれればまだスッキリと終われたのに」


 さっきまでいい人振ろうとしてるヤツの言動ではないなと思った。

 それに。


「義援金と募金は厳密には違うからな」

「え。同じじゃないの」

「違う。オーストラリアとオーストリアくらい違う」

「めっちゃ別物だ……ウケる……」


 とてもウケてる様には見えないが。


「で、どういう風に別物なの」

「ん。……例えばどっかが大地震に見舞われたとして」

「はい今この地域めっちゃ揺れました! 倒壊! 閉店!」

「うるせえ」


 詩穂はレジ台を揺らす。なんなんだそのテンション。なんでそんなに元気なんだ。小学生か?


「被害が出たら、他の地域の人達がお金出して被災地を支援しようって流れになるだろ?」

「なるね。冒険者で駄メイド追放して都市を手に入れるくらいの確率でなるね」


 なんでさっきからハートオブクラウンで例えるんだ。ハマってんのか?


「で、一定の金が集まったら」

「被災地に贈られると」

「それは義援金」

「む。……募金は?」

「被災地を支援する団体に贈られる」

「あー。行き先が違うってこと?」

「適当だけど大体そう」

「へー」


 かなり端折った部分もあるが、合ってるはずだ。


「なるほどね。被災してる人にお金送っても買う物が無いみたいな事態になるかもしれないのか」

「おお。よく分かってんじゃん」

「つまり火山詩穂を助ける募金だと火山家にお金が入って火山詩穂を助ける義援金だと私個人にお金が入ると」

「それは多分違うと思うけど合ってんじゃね?」

「どっち!?」


 分からん。ツッコミ疲れた。


「それにしてもリナきゅん、詳しいね」

「詳しくねえよ、別に」

「その情報の仕入れ先は当然?」

「「ウィキペディア」」


 ハモった。

 正解。どうしようもない事実である。


「ウケる」

「それは何よりだ」

「クノイチ交易船くらいウケる」

「……さっきからお前、私じゃなかったら通じないからな?」

「通じる方も通じる方だよ」


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