第08魔 -ウィキペる その1-
「暇だね、リナちゃま」
「暇だと思うから暇なんだよな」
「アタシそういう精神論がタンスの角に小指をぶつける次に嫌い」
「嫌いの度合いが高いんだか低いんだか一瞬で理解できない表現やめろ」
今日も魔の時間。
雑誌の陳列を一時間ほど前に終えてからやることがなくなってしまった。
くだらない妄想に時間を費やしていたが、詩穂は空気を読まず私の邪魔をする。
「前から疑問だったんだけど」
「あー?」
「リナ吾郎は家で暇で死にそうな時何してんの?」
「暇で死にそうになったことが無い」
「嘘だ、暇で死にそうになって暇死タワーを建てたことない人間がこの世界にいるもんか」
「キマシタワーみたいに言うじゃん」
なんだ暇死タワーって。
墓石の事か?
「じゃあ妥協してもう一度。家で暇な時何してんの」
「ウィキペディア見てる」
「暇つぶしにウィキペるとか。流石にヒく」
「聞いといてその反応は腹立つな……」
詩穂の言動一つ一つに対応していたらものすごく疲れてしまうので、手が出るのを我慢しつつ。
「とは言え、ウィキペディア面白いからな?」
ウィキペディア。
知らない奴はいないと思うが、インターネット上の百科事典である。
「秀逸な記事とか、読み物として完成されてるし」
「ヘーソーナンダー」
「あと、記事のランダム表示とかしてその記事が面白かったら当たりとかそういう遊びもしたりする」
「やばい、微塵も興味のない棒読みをしてみせたというのにウィキペディアの話題が終わらない」
話題振ったのそっちだからな。
意地でもやめねえぞ。
「……しゃーねえ、最近ランダム表示で印象に残ってる記事教えて。記事名から内容想像するから」
「なにがしゃーねえのか分からんが……じゃあ『ジェシー・ジェイムズ』とか」
「知ってる人だ! アメリカの俳優!」
「じゃない方のジェシー」
「じゃない方のジェシーとか他にいる!?」
「いやいるだろ。ジェシーおいたんとかさあ」
ミシェルを可愛がってるシーンが好きなんだよな。顔もいいし。
ちなみに詩穂が言っているアメリカ俳優は多分『ジェシー・ジェームス』だろうな。
言葉にしたらわかんねえよな。そりゃ。
「ええ……何した人だろ……ウィキペディアに載るくらいなんだからなんかしらした人なんだろうけど」
「かんがえちゅー、かんがえちゅー」
「古っ、それは古いぞリナたむ、平成終わった今あの教育委員会は滅びたよ」
「勝手に滅ぼすな、令和教育委員会として復活するかもしれないだろ」
「復活するって事は滅びてる事を肯定してることになるんだけど」
「確かに」
詩穂にしては的を得た発言だった。
「──考えても分からん! タンスに竜巻旋風脚して小指が吹っ飛んでった方のジェシー?」
「そんなジェシーがいてたまるか!」
「いやあ、事件の名前とかだったらまだ想像の余地ありだけど、人名だとどうしても無理だ。で、答えは?」
「世界で初めて銀行強盗に成功したガンマン」
1866年の2月13日に銀行強盗に成功したことから、2月13日は銀行強盗の日として定められているらしい。
記念日なのかはよくわからんが。
ちなみにジェシーは、その首に賞金を掛けられ、賞金目当てに組んでいた仲間に殺されてしまったらしい。なんともな話だな。
「分かるわけがねえー、知らなくても支障が出ないタイプのジェシーだ」
「知らないと支障が出るジェシーがいるのかよ……というか、よく俳優の方のジェシーを知ってたな」
「ん? まあね、高校で演劇部やってた時にジェシー推しの先輩がいてさあ」
「えっ」
またなんか、新しい情報が入ってきた。
「演劇部?」
「え? うん」
「お前、演劇部だったの?」
「あれ、言ってなかったっけ。そうだよ、一年で辞めちゃったけど」
「……詩穂ってなんか、なんだろ。表現の場に立つの好きなのか? バンドもやってるし」
抱いて当然であろう問いかけをしてみると。
僅かな間をおいて。
「──好きか嫌いかで言うと、微妙。かな」
と。
「好きか嫌いかで言えよ」
「付き合いでやってただけだからねー。バンドは好きだけど。ま、アタシにもいろいろあんのよ」
それだけ、どこか寂しそうに言うと。
詩穂は静かになった。……なんだ、なんか調子狂うな?
千歳さんに続き詩穂の地雷までも私は踏んでしまったのだろうか。
ともかく、夜は静かに過ぎていった。
◇続?
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