第05魔 -ギャンブルの話(宝くじ編)-

「ありがとうございましたー」


 詩穂が満点の営業スマイルで客を見送った。

 そして店内に静寂が戻ってきた頃。


「ギャンブルと言えばさあ」


 ゆるりと振り向いて。

 いつものテンション、いつもの表情で、いつもの調子で振って来た。

 それがさっきの話の続きだと理解するのに、ちょっとだけ時間が掛かった。


「……ギャンブルの話、一区切りしたもんだと思ってたけど」

「魔の時間で話を途切れさせたら死ぬよ。暇で」


 それはお前だけだよと息を吐いて、また使用可能になった椅子に座りつつ。


「去年末の話なんだけど」

「うん」

「七億円と引き換えられるチケットを三千円で買ったのね」

「普通に宝くじって言え」


 その表現だと優良誤認案件に成りかねない。


「でもさー、そのチケット偽物だったんだよ。三百円しか引き換えられなかった」

「買った大半の人がそうだと思うけど」

「リナ氏も七億円チケット買った?」

「頑なに宝くじって言わないの何? ……買ったけど」

「本物だった?」

「本物だったらこんなとこでバイトしてねーよ」

「そりゃそうか、失敬」

「一万円と引き換えは出来たけど」

「え、ズルい!」


 ずるいってなんだ。

 そういうもんじゃねーのかよ。


「大半の人は三百円しか当たらないんじゃなかったの?」

「私が大半の人に分類されなかったってだけの話だ」

「急に強キャラ感出してきたな。いいなー、一万円。だいたい魔の時間を一日生き延びると貰える金額だね、何に使った?」

「水道料金とガス代」

「一瞬で強キャラ感無くなるの天才じゃない?」

「そんな意図はしてないんだけど」


 誰だって水道料金とガス料金くらい払うだろうよ。


「はー……いつか本物の七億円チケットが手に入らんもんかねー」

「アレは夢を買ってると思わなきゃダメだ」

「そうは言うけどね。……売り場が煽ってくるじゃん、この売り場で一等出ましたーって。ソシャゲのガチャでたまにある誰々がSSR獲得しました表示みたいな手軽さで。アレ誰が得するの?」

「運営だろ」


 ……例え方なんとかならなかったのか。

 分かるけどさ。


「宝くじ売り場で一等出ましたって表示するのよく考えたら変じゃない?」

「そうか?」

「だってさあ、一等が当たる確率ってどんなもんよ」

「どんなもんだったかな……二千万分の一くらいだっけ?」

「そんなアホみたいな確率をその売り場が引き当てたのは素晴らしいことだと思うよ。でも一等出ましたーってドヤったところでまたその売り場から一等が出る訳ではないじゃん?」

「そりゃあ、な」

「だと言うのに、この売場が幸運の女神に愛された最強の売り場だと言わんばかりにアピールするじゃん? 人間風情が」

「お前も人間風情だよ? 私も」


 詩穂の顔は何故か憎悪に塗れたそれだった。一体全体、宝くじ売り場にどんな恨みがあると言うのか。


「どんな顔してあんな表示をしたのか、考えた人の頭の中を切り開いて覗いてそのままにしたいもんだね」

「目的が変わってる……たぶん設置した人もそんなに深く考えてないと思うけど。ラーメン屋に来た有名人のサインを店に飾るのと同じ感覚なんじゃねえの」

「うわ、言い得て妙」

「そりゃどーも」

「将来ラーメン屋開くことがあったら有名人来てもサインだけ貰って店に飾るのはやめとこ。あれと同類だから」

「……ラーメン屋やるのか?」

「やるわけないでしょ。でも、まあ。宝くじでも当たったら考えるよ。へっへっへ」



「あーそうだ、リナちー」

「んー?」


 今度こそ話に一区切りついてから、詩穂が思い出した様に声を上げた。


「次のアタシのシフト、急遽変わってもらうことになったんだ。一応伝えとこうと思って」


 シフトの変更はたいして珍しいものじゃないけど、詩穂がそれをするのは珍しい──気がした。


「そうなのか。誰?」

「ちーちゃん」

「千歳さん?」

「うん」


 詩穂が述べた千歳という名前。

 その名前は、私も知っているものだった。

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