第02魔 -かみについてどうのこうの-
魔の時間。
今宵もまた、暇な時間が始まってしまった。
そうする必要など微塵も無いのに、レジ裏で詩穂と二人で並んで立つ。つーか、こいつが引っ付いて来てるだけなのだが。
……今日は珍しく静かだな。毎回こうならいいのに。
「……」
「……」
二人並んで、二人して、ドリンクコーナーの壁に掛かっている時計を見詰めている。
今日はあと一時間半。なっげえなあ。
やることは当然終わっているので、客が来ないと時計を眺めて時給を発生させることしか出来無いのだ。
「……っと」
ふと、額をなぞるくすぐったい感触と共に目の前に黒い幕が降りた。
前髪だ。私は、髪をどこもかしこも短くしているのだが。私の視界を遮ることで自分の成長具合をこれでもかとアピールして来た。
伸びた前髪を摘んで、弄ぶ。
──そう言えば、しばらく切ってねえな。
最後に切ったのいつだったかな。記憶の引き出しを空けてはみたが、すぐには思い出せなかった。かなり前らしい。
だから。
「そろそろ髪切ろうかな」
なんて、無意識の内に口走るのは当然だと思った。
「誰の喉笛を!? もしかしてアタシの!? やめて!」
数十分振りの発言に超反応したのは、というかそれが出来るのは隣にいる詩穂しかいないわけで。
急に大声をあげて、なんか狼狽えてた。
……喉笛? なんの話──って、ああ。
「噛み切ろうかな、じゃねえよ。少し考えたら分かるだろ。馬鹿じゃねえの?」
「リナっち、悪口言う時だけ活き活きしてるよね」
そうだとも。
私は性格が悪い女なのだ。
「そしてアタシはそういう所──嫌いじゃないよ」
「急にいつも通り喋り出したな、なんなんだ」
「懇親のキメ顔はスルー、ね。まーアレよ。たまにはリナじの発言をトリガーにしょーもないやりとり始めようかなって」
「クソ、言わなければ平和に終われたのに」
そしてしょーもない自覚もあるんかい。
「んで、リナぞう、神を斬るって?」
「なんかイントネーションおかしいぞ……伸びてきたし、切ろうかなって」
「前から疑問だったんだけどリナよは何処で髪切ってんの?」
「千円カット」
「千円カット!?」
理解出来ない存在と合間見えたみたいに、詩穂は私からやや距離を取った。
「なんだよ」
「いや、千円カットて。女子でしょ!?」
「女子が千円カット行っちゃいけない法律でもあんのかよ」
「小学生みたいな事言うわこいつ、ちゃんと美容院で整えてもらった方がいいと思うけどなあ」
どう言われようと。
私が千円カットを愛用する事実は変わらないし変えるつもりも無いのだが。
「や、千円カット、かなり有用だからな?」
「たとえば?」
「うまい、やすい、はやい」
「リナこの中では髪切るのが吉野家と同格なの……?」
ああ。何かで聞いたキャッチコピーを引用したんだが吉野家だったか。ちょっとスッキリした。
「私には美容院行く理由がねえよ……千円カットはシャンプーしてくれないけどそんなの家帰って風呂入ればいいだけだし……こんな髪型だ、こだわりがあるわけでもなし。美容師とあることないこと一時間以上喋りたいわけでもなし」
「それはあることだけを話せばいいんじゃ……? と言うかそれが楽しいんじゃん? だからアタシはちゃんと美容院行くしお気に入りの美容師さんも指名するもん!」
「指名とかあるのか……キャバクラみてーだな」
「美容院なんて髪を切ってくれるキャバクラだよ!」
「ちょっとしたパワーワードやめろ」
心惹かれる表現だと思った。
ちょっとだけな。
「……しっかしまあ、千円カットかあ」
「文句あるか?」
「無いよ、微塵も。リーナらしいなって思った」
「そうか」
「だから女子力低いんじゃな──みどりちゃ!?」
詩穂がけらけら笑いながら、失礼な物言いをしたものだから。
思わず手が出てしまった。図星である。
「殴るぞ」
「殴ってから言わないでほしいなあ!」
そんな感じで。
話を一方的な鉄拳制裁で打ち切って時計を見れば、まだ五分も経っていない。
魔の時間はまだまだ始まったばかりであった。なげえなあ。
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