第03魔 -昔流行ったやつ-
「──んのわっ!」
魔の時間終盤戦。
残り十五分ほど。もうすぐ夜が終わりそうなそんな時間。
隣に立ってた詩穂が、不意に崩れ落ちそうになって──変な声と共に耐えた。
わかる。わかるぞ詩穂。
眠いんだろう。私もだ。そんなになるほどじゃあないけど。
「びっくりした……身体の足の裏から下が無くなったのかと思った」
「足の裏から下で無くなる部位どこだよ」
「土踏まず」
「土踏まず……?」
それの返事は返ってこない。
そもそも土踏まずを足の裏から下と判定していいものだろうか。どうでもいいな。
眠くて落ちそうな詩穂は、あーとかうーとか言いながらよろよろし続けてる。
「眠そうだな」
「そーーーーなんだよ、昨日寝る時間間違えちゃってさあ! 起きる時間まで間違えちゃってさあ! 眠い!」
夜勤あるあるである。
私もこのバイト始めた頃はよくやらかしたものだ。
「もう少しで引き継ぎが来るから、頑張って耐え──」
「オタクの間で流行ったけど、もうみんな忘れてるやつゲーム」
「……は?」
「オタクの間で流行ったけど、もうみんな忘れてるやつゲーム」
突拍子もなく。
脈略も、伏線もなく。
つい三秒前まで眠そうな顔をしていた詩穂が突然こっちを振り向いて言った。
「急に何」
「オタクの間で流行ったけど、もうみんな忘れてるやつゲームだよ、リーさん」
「だからそれが何だって聞いてんだよ」
もしかして寝ぼけているのだろうか。そうだと言ってくれた方がまだ分かる。
「やろう。眠くて死ぬ、労働中に寝てるのがバレたら店長に殺される、死にたくないからやろう」
「志は立派なのに眠気覚ましの方法はもっと他になんかなかったのかよ」
「舌を噛む」
「眠気覚ますどころか永遠に眠る方法だそれ……で、ルールは?」
適度だと思われるツッコミを返しつつ。
その謎のゲームに参加する表明をしてしまった。私も深夜テンションなのだ。
「オタはや忘れゲームはねー」
「その略し方だとなんか趣旨変わってこない?」
「その名の通り、オタクの間で流行ったけどみんな忘れてるやつを挙げて相手に懐かしいって言わせたら勝ちのゲーム」
「捻りが全くない」
そのゲーム名で捻りがあったらあったで困りもんだけど。
「先攻後攻を決めよう」
「どっちが有利とかあるのか?」
「あたり前田のクラッカーだよ、一回使ったネタは使えないし」
「あたり前田のクラッカーが既に懐かしいんだけど」
「あ。今懐かしいって言ったから私の勝ちね」
「いや、あたり前田のクラッカーはオタクの間で流行ってない──と思う、からノーカン」
「ちッ」
「ガチめの舌打ちやめろ」
そもそもそのクラッカー食べたことないしな……。今も普通に売ってんのかな。
「じゃあじゃんけんしよっか」
「ん」
その提案を受け、エプロンのポケットに突っ込んでた左手を表に出した。
「じゃーんけーん」
「ほい」
私が出したのは、鋼鉄の如く強く硬く重いグーで。
詩穂の出した手は細い糸ですら切るのに苦戦しそうなひ弱な鋏、チョキ。
私の勝ちだった。
「負けたー」
「勝った。……あ。『俺の勝ち! 何で負けたか、明日まで考えといてください』ってやつだな」
「うぐあ!」
「何その声」
「使おうと思ってたネタが先に消化されてしまった時の声……」
「思考回路被ってたのなんか癪だな……」
あのじゃんけん、勝てたやついるのか?
パーだと勝率高かったらしいけど、本当なんだろうか。
「次、詩穂」
「ようし。絶対懐かしいって言わす。……んと、えっと」
詩穂は腕を組んでうんうん唸りだした。
……初手からそんな唸るのかよ。
「……案外思いつかないね?」
「ゲームの提案者がその体たらくなのなんなんだ、しっかりしろ」
「アタシが『俺の勝ち!』を使って勝利する予定だったんだよ!」
「言うてそのネタまだ懐かしいってなるほど昔じゃないからな?」
「あ。じゃあ『誰もお前を愛さない』!」
「あったなあ」
「き、効いてない!」
「私の手札にもそれあったしなあ」
「ちくしょう……」
詩穂は本気で悔しそうな顔をする。
眠気覚ましの戯れでそんな顔すんなよ……。
「リナぴの番だよ……」
「『やばたにえん』」
「うわ懐かし!」
「普通に言ったな」
「あ。……じ、じゃあ一本目はそっちの勝ちでいいよ! これ三本勝負だから!」
こいつも普通に小学生みたいなこと言うよな。
お互い様。
「じゃあ次は詩穂の先行でいいぞ」
「思い付かないからパス」
「十秒前に三本勝負って言ったのに試合放棄すんの早すぎない?」
「急にめんどくさくなっちゃった。もういっそのことアタシをひたすら懐かしい気分にさせてよ」
「なんか良いように使われてるような気がする……『ゴルスタ』」
「うわ、なんだっけそれ」
「中高生SNS」
「あー! 反省文書くとBAN解除されるやつか!」
「それだけでそこまで思い出せるの凄いな」
「アタシも登録したかったけど電話番号渡すの流石に怖くてやめたよね」
「それが正しい」
「懐かしいな……他には?」
「まだやらせんのかよ」
いや、使おうと思ってた手札はまだあるからいいんだけどさ。
「『エレン先生』とかも流行ったよな」
「出た、英語の教科書の可愛い先生。誰かが公式に二次創作していいか凸って炎上したんだよね」
「教科書作ってる機関のこと公式って表現するの面白いからやめて」
というかあの先生そんなことになってたのか。
気がついたら見なくなってたけど。
「後はー?」
「『俺の集合時間だけ五時だったんですよ』とか」
「可愛そうなやつだ!」
「『ぐんまのやぼう』」
「めっちゃやったそれ」
「『お・も・て・な・し』」
「よくそんなに懐かしいの覚えてるね……リナってもしかしてオタクなの?」
「『そして殺す』」
「いッだ!? すぐ手を出すのやめて! 懐かしさが物理的に痛い! 」
また手が出てしまった。
でもこれは詩穂が悪いと思う。
「……そろそろ引き続き来る時間だけど。目は覚めたか」
「あ、もうそんな時間なのか。うん。いい感じに。ありがとう、最後のパンチが一番効いた」
「そいつは何よりだ」
だったらこんなゲームしてないで最初からぶん殴れば良かったのではないだろうか。
──それからほどなくして、店長が眠そうに引き継ぎにやってきた。
詩穂はいつもどおりのテンションで店長に絡みに行って、適当にあしらわれて。
そんな光景と共に、私は大きな欠伸をひとつして。
中身の無い時間は終わりを告げたのであった。
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