最終話
「藍が、いなくなったの」
藍の母親からそれを聞いたのは、アイツの訃報を受けたすぐ後の事だった。
その日啓太が家に帰ると、住職をやっている父親が、慌ただしく袈裟の用意をしていた。坊主と言っても、常日頃からそんな格好をしている訳じゃない。こんなに慌てて支度をしなきゃいけない状況は、一つしかなかった。誰かが亡くなった時だ。
「急な事故ですって。まだ高校生なのにね」
母親が、痛ましい表情でそう漏らす。お寺にとって誰かが亡くなったと言う知らせは珍しいものでは無いが、だからと言って平気かと言うと、そんな事は決してない。
だけどそれから亡くなった人の名前を聞いた時は、本当に驚いたしショックだった。何しろそれは、藍があんなにも慕っていた、あの『ユウくん』だったのだから。
藤崎は大丈夫だろうか。心配になって、気がついた時には家を飛び出し、藍の家へと向かった。だけど今、彼女はいない。
もうすぐ、アイツのお通夜だって始まると言うのに。
「俺、藤崎を探してきます」
普段苛めていた事も、アイツへの嫉妬心も、そんなもの今は関係なかった。こんな時、一人でいる藍の姿を想像するといてもたってもいられなくなり、気がつくと啓太は夢中で駆け出していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あの時はビックリしたよ。泣いてたら三島がやって来て、ユウくんのところに行けって言うんだもん」
自分と同じ場面を想像しているのだろう。藍は、懐かしさと切なさの混じった表情を浮かべていた。
きっと今でも、藍にとってアイツはそれだけ大事な存在なんだと思い知らされる。
だけどそれから、藍は少しだけ笑顔になり、言った。
「あの時三島が引っ張ってくれなかったら、きっと泣いてばかりだったと思う。ユウくんにお別れを言う事もできずにね。だから、ありがとう」
その笑顔にドキリとして、何だか直視できなくなって、思わず顔を背ける。
「なんだよそれ。そんなの、あの時ちゃんと言ってただろ」
「えっ、そうだっけ?」
「そうだよ」
覚えていなくても無理もない。何しろその後には葬儀が、最後の別れが控えていたんだ。記憶の中に埋もれた言葉の一つや二つあっても仕方ないだろう。
だけど啓太は覚えていた。それもまた、無理もないだろう。何しろいつも藍を苛めていた彼にとって、初めて彼女から言われた『ありがとう』なのだから。
今と昔の、二度のありがとうを噛みしめると、自然と顔が綻んでいくのが分かった。それを悟られたくなくて、気がつけばますます藍から顔を背ける形となる。
たが、幸か不幸か、それも長くは続かなかった。
「なあ、早く帰らねーとアイスが溶けるだろ」
待たされている事に痺れを切らしたのか、コウジが声を上げていた。
藍も、啓太の持つアイスの入った袋を見てハッとする。
「あっ、そうだったね。ごめん、三島」
「いや……」
啓太としてはもう少し話したくもあったのだが、子供二人とアイスがあってはそれも叶いそうになかった。
「じゃあな。お盆なんだし、先祖のついでにアイツの墓参りもしに来いよ」
それだけ言い残すと、今度こそ藍と別れ家へと向かう。少し歩いたところでチラリと振り向くと、藍が小さく手を振っているのが見えた。
さっき彼女に言ったセリフを、頭の中でもう一度繰り返す。
『…………ごめん』
この一言を言うのに、いったいどれだけかかっただろう。本人はとっくに気にしていなかったみたいだし、何を言っても、過去が変えられる訳じゃない。だけどそれでも、少しだけすっきりしたような気がした。
「ちょっと、やめてよ!」
見ると、性懲りもなくコウジがまたアヤにイジワルを使用としている。
再び拳を握る啓太。だがふと考えて、振り上げかけたその手を下げる。その代わり、コウジをアヤから引き離すと、そっと耳元で囁いた。
「お前な、女の子にはもう少し優しくするもんだ。好きな子をイジメたって、振り向いちゃくれないぞ」
「なっ、なっ、なっ――――――っ!」
それを聞いた途端、コウジは石みたいにガッチリと動きを止め、全身から噴き出るようにタラタラと汗を流し始めた。そして、その顔は真っ赤だった。
やはり図星か。これを突きつけられるのは、殴られるよりもずっとダメージが大きい。他ならぬ自分が身をもって知っているのだから間違いない。
「うるせー、啓太のバカヤロー!」
怒鳴り散らすコウジだが、その声にはどこか力がなかった。
(悪いなコウジ。けど、ちゃんと聞いておいた方がいいぞ。でないと、俺みたいにいつまでも初恋を拗らせる事になるからな)
それは、かつての自分と似すぎているコウジへの、精一杯のアドバイスだった。
好きな子イジメなんてくだらない 無月兄 @tukuyomimutuki
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