綺麗なお姉さん

 子供たちが寝静まったあと、孔明と背中合わせで座っていると、月命るなすのみことがやって来た。


「倫、僕が寝たら運んでくれますか〜?」

「いいですよ」


 重力は15分の1。男女の腕力の差はない。だから、妻が夫をベッドに運ぶは全然できる。


 3人でそれぞれの時間を過ごす。気がつくと、月命は孔明の膝の上で熟睡。


 ピンクのウサギを抱いて、長い髪が淫らに頬になだれ込んでいる、月のような美しい横顔を見せる月命。何度見ても思う。


 綺麗なお姉さん、だ。

 こう見えるのは私だけなのだろうか?


 本を読んでいた孔明に聞いてみた。


「月さん、綺麗なお姉さんに見えますよね?」

「ボクには、男の人に見えるけど……」


 あれ? 意見が食い違った。

 っていうか、あれか!

 ルナスマジックに、私がはまってる!?


 ルナスマジックとは、月命の特殊な気の流れ――オーラに惑わされて、幻を見せられたり、結婚を申し込んだり、気絶をしたり、プレゼントを初対面なのに渡すことを指す。

 

 妻として失格だ。

 惑わせられるなど……。気を確かにだ。


 運ぶと約束はした。


「孔明さん、月さんは私の膝の上に乗せておきます」

「うん……」


 何か集中しているらしく、孔明の返事が鈍い。


 月命を膝の上に横向きで乗せて、頭を肩に寄りかからせる。カーキ色の長い髪を時々なでながら、PC作業を続けていると、光命ひかりのみことがやって来た。


 聞いてみよう!


「月さん、綺麗なお姉さんに見えませんか?」

「えぇ、私もそのように思います」


 ルナスマジックにはまってはいなかった。


 だがしかし……。

 

 光命の中性的な横顔が、綺麗なお姉さんみたいな月命に近づいて、妻の前でキスが始まった。


「え……?」


 あぁ〜、あぁ〜。

 光さん、そんなに激しいキスしたら、月さん起きちゃいます!


 悩ましげな凜とした澄んだ女性的な声が聞こえてきた。


「ん……ん……」


 あれ?

 他人優先の光さんが、眠ってる人を起こすなんて、何だかおかしいな?

 孔明さんは本に夢中で、気づいてない。


 違和感が首をもたげた。

 しばらく、そんなキスの嵐が月命の唇を襲い、


「……なぜ、僕は……目が覚めた……しょう?」


 とうとう起きた。


 瞬発力のある光命王子が、月命姫をお姫さま抱っこして、妻の膝から軽やかに連れ去っていった。部屋からふたりで出ていって、


 そのままベッドに直行ですか!

 っていうか、今のいいんですか?

 人が眠ってるの無理やり起こして、セック◯に持ち込むのは……。


 孔明は本を見ていて、やはり気づいていない。というかおかしい。この観察力に優れている夫が何の反応も見せないなんて。聞いても、帝国一の頭脳でまかれてしまうだろう。


 まぁ、月さんが断りたいなら、断るし……。

 別の部屋に行ったのなら、妻は基本そこに参加はできないからなぁ。

 光さんも珍しい――!

 

 そこで、原因に気づいてしまった。


 あぁっ!

 余計なこと言った。

 綺麗なお姉さんみたい、だなんて……。

 光さんに言ったら、今みたいになるよね。


 心も見た目も綺麗な男が大好きなのである。光命は。


 そうして、翌日。

 月命が光命に、


「なぜ、僕を起こしたんですか〜?」


 マジで怒ってる、月さん。やばい、これは。執念深いから、我が家で一番。


 だが、光命は手の甲を唇に当てて、くすくす笑っているだけだった。


 そうして、数日後の今日、真相が判明した。


「月さん、この間は眠ってるところ無理やり起こされて、大変でしたね」

「えぇ。ですが、気持ちがよかったんです〜。僕は今後もしていただきたいんです〜」


 あぁ、光さんは月さんの要求にきちんと答えてたんだな。

 うん、ふたりで納得してるなら、そういうセック◯の誘い方もあるんだろう。

 それを、孔明さんもわかってたから、放っておいたんだな。

 以心伝心だ、我が夫たちは。


 そこへ、月命がプロポーズした夫がやって来た。


明引呼あきひこさん?」

「あぁ?」

「月さんについての朗報です」

「何だ?」

「眠ってるのを無理やり起こされて、するのが好きらしいです」


 明引呼は鼻でふっと笑って、


「相変わらず自虐的でいやがる」


 野郎どもに慕われている兄貴は、しゃがれた声で言った。


「今度襲ってやっか」


 ぜひ、どうぞ!


 2019年7月17日、水曜日。

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