宝物の笑顔

 人からしてみれば、大したことではないかもしれない。

 だが、本人にとってみれば、宝物。大切なことである、ということはよくある話。


 これは、私と月命るなすのみことの今までの記録。

 妻は夫みたいに、デジタル頭脳ではないので、全てを覚えているわけではない。

 月命は日付込み、時刻まで入れて、覚えているのかもしれないが……。


 忘れないうちに、書いておこう。


 15年前に、月命のことは話には聞いていた。

 月に1人で住んでいて、ウサギと一緒に歌ったり踊ったりしていたと。

 陛下に舞を奉納したこともあるほどだった。


 現れる女性が次々に、


 月命と結婚したいと願い出ていた。


 私は当時、


 そんな人がいるんだなぁ〜。

 すごいなぁ〜。

 

 しか、思っていなかった。


 それから、時は流れて、彼のことは忘れては思い出しての繰り返し。

 それでも、恋愛感情などなく、ずっと他人のままだと思った。


 だが、去年の8月に婿に来た。


 初めて直接会った。

 初めて声を聞いた。

 

 想像していたのとちょっと違うとか。

 想像していた通りだとか。


 そんな発見の毎日。


 ここまでで、結婚していたのは、蓮、光命ひかりのみこと夕霧命ゆうぎりのみこと焉貴これたか。そうして、月命の5人。


 本当に、男というのはどうしようもなく……。


 ドアが開いている部屋の前を通り過ぎようとすると、5Pしているのを見つけた。しかも、攻め4の受け1という、不平等極まりなく、さすがに止めに入った。


「ちょっと! 4対1ってどういうことですか!」


 すると、受けの月命がこんなことを言ってきた。


「僕が頼んだんです〜」

「はぁ?」

「気絶すると聞いたので、どのようなものかと体験したかったんです〜」


 それで、4対1。


 月命は、前から薄々気づいてはいたが、失敗することが好きなんだ、本当に。


 そうして、別の日。


 月命が手に瓶を持っていた。


「媚薬を買ってみました〜」


 おいおい!


 しかも、そこにいた夫は、光命と焉貴。


 この2人、異常性欲なんだけど……。

 月命もその傾向があるよね?

 それ使って大丈夫なの?


 まぁね、やりたいのはやらせておいて、本人が痛い目に遭って、学びを得ないといけないからね。

 今は放置だ。


 そうして、こうなった。

 3人ともトランス状態に陥って、自分から行為を止められなくなった。


 そこまでして、負けたいか!

 もう、媚薬は没収です!


 子供が好きで、教師の仕事について、彼らが喜ぶためならば、カエルの被り物をして、出勤するほど。

 それなのに、ある日、


「君の守護をするために、僕は非常勤になりました」


 なんてことをこの人はするのだろう、と怒りが湧いた。


「やめてください! 取り消してください!」


 止めたが、月命は聞き入れることはなく、私も受け入れることはなく、何度も話を持ち出しては、常勤に戻るように言っていたが、ある日、


「こちらの話については、僕は今度一切取り合わない――」


 言い切られてしまった。ニコニコしているが、一度言ったことは絶対に引かないタイプ。昔から知っているからこそ、それはよくわかる。


 彼の中でどんな心の変化があったのかは知らない。

 だが、もう決めたことなのだろう。


 その日から、そのことについては、私ももう触れなかった。


 複数婚がもたらす、他人との違いを知るという影響が出てくる。


 セ◯キが女性的であることに、コンプレックスを持っていたり。

 髪が長いことを気にしていたり(切っても勝手にデフォルトの長さに戻る)

 パジャマの袖口を長くして、手足を隠していたり。


 女性的なのが、月命の個性だと思うのだ。

 そのままでいいのだ。

 悩むことなどない。

 逆に素敵なことだと思う。


 私は彼に嘘がつけない。お世辞や慰めは効かない。

 彼が私にそうすることはあっても。

 

 本気でそう思って、そのたびに伝えて来た。


 何が原因かはもうよく覚えていないが、


「僕は君に甘えることにしました〜」


 と言われてから、距離がだいぶ縮まった気がする。


 彼の中で、可能性の数値が変わったのだろう。


 その後、月命との間にできた子供は、4人。


 それから少し時は進んで、今年の夏休みに入ってから、メイド服を着て散歩に一緒についてきた。


「あれ? 女装してきたんですか?」

「えぇ、君のお陰で、僕らしさにまた気づきました〜」


 女装が趣味の小学校教諭。

 いいと思う。

 似合ってるし、本人が何よりも気に入ってるのだから。


 知らない人にもらった、ピンクのウサギのぬいぐるみ。

 いつもなら、子供にプレゼントするのだそうだが、自分が欲しかったと言う。

 眠る時にいつも持ってくる。


 綺麗なお姉さんがいるみたいだ――


 だが、手足を見ても顔を見ても男性なのだ。

 不思議な人である、月命は。


 彼は基本話さない。

 子供たちに指示を出すから、詳しく伝えるため言葉が長くなるだけで、口数は少ない。


 私の部屋へやって来て、子供たちのために、彼らが読むであろう童話やマンガに目を通す日々。


 本当に先生という職業が好きで、天職なのだろう。


 他の旦那だと、つい話しかけてしまうが、月命とは何も話さない。

 ただそばにいるだけ。

 2人で違うことをしていても、同じ空間にいる。

 心地よい時間。

 彼との距離は、いつの間にか縮まって――


 ふと両頬をつままれた。


「ん?」


 私の顔を横ヘビーっと引っ張って、変顔にしている月命が、


「ぷっ!」


 吹き出した。


 この人は……。


 私はあっけにとられた。


「月さん、笑うんですね?」

「えぇ、僕は笑いますよ。幼い頃、兄とよくした遊びです」

 

 初めて聞いた。

 300億年も生きている、我が夫の小さい頃の話など。

 私の、笑顔という宝物だ。

 

 こうやって、私は月命の不思議な魅力にとりつかれて、歳の差など感じない、結婚生活を送ってゆくのだろう。

 そうして、今日でさらに子供は4人増えて、全部で8人になる。


 2019年7月18日、木曜日。

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