キス事件

 これは本編に少し出ていたが、実際にあった事件である。


 蓮とは9年も前に結婚をしていて、いつどうやってしたかは覚えていないが、気持ちはそこにきちんとあった。


 光命は15年前に話には聞いて、私が勝手に恋をして、ずっと想っていた。もちろん、気持ちはそこにあった。


 次の夫から、私の気持ちは、結婚後に絆を築いてゆくという手順を踏むこととなる。


 光命と結婚して、数日後。

 会ったこともない男の人がやって来て、私にこう言うのだ。


「お前と結婚する」

「????」


 いきなりそんなことを言われても、誰ですか?

 この雰囲気……。


「夕霧命さんですか?」

「そうだ」


 初めて見た。

 初めて声を聞いた。


 光命から夕霧命を15年前から好きだったと、打ち明けられた。


 別に驚くこともなかった。

 15年前から、夕霧命のことは話には聞いていた。

 2人は従兄弟同士だ。

 性質は真逆。

 惹かれても不自然ではない。


 いいと思うのだ。

 長い想いがバイセクシャルの複数婚で叶うのだから。


 ということで、めでたく結婚して、夕霧命が婿としてやって来た。


 気持ちがない夫ができたのは、初めてだ。

 

 この先、どうするんだろう?

 確かに、男の色気が匂い立つ人だとは思うけど、恋愛感情はまったくないんだよなぁ〜。


 夕霧命の色気と言ったら、狂気なのである。

 今日、孔明に聞いた。


「夕霧さん、子供と一緒にいてもエロいですよね?」

「エッチだね」

「こう、腰のあたりがやばいですよね?」

「そうそう。ボクもそう思う」


 決して、妻1人が妄想しているのではないのだった、夕霧命の色気については。

 

 さて、法律は、みんな仲良く――

 それは守らなければいけない。

 困ったものである。


 どうしようか、夕霧命と2人で懸命に考えた。

 そこで、恋愛の修業をするという話が昔あったを思い出した。


 それを応用して、


 キスの修業をする、になった。


 変なことをすることになったな。

 と思ったが、拒否権が法律によってないのである。

 どうにかして、距離を縮めないといけないのである。


 そうして、始まった、修業の日々が。


 当時、夕霧命はまだ、武道家ではなく、国家公務員だった。

 大抵、16時過ぎに帰ってくる。


 蓮はワールドツアーの真っ最中で、家にいたりいなかったり。

 私のそばには、いつも光命がいる。


 そんな毎日だった。

 夕方、お風呂の掃除をしていると、夕霧命の声が響いた。


「戻った」


 変な気分だ。

 昨日まで他人だった人が、夫とは……。


「お帰りなさい」

「するか?」


 そんなまっすぐ聞かれても……。

 でも、まぁ、それが夕霧さんなんで仕方がない。

 しかも、拒否権はない。


「はい……」


 端正な顔が近づいて、唇に触れて、すぐに離れて、


「どうだ?」


 えぇっ!?

 感想聞くんですか!


 私は目で思いっきり訴えかけた。


 あの……。私の心の声は、夕霧さんに聞こえてると思うんですが……。


 ただただ待ち続ける夕霧命を前にして、妻はため息をついた。


 真面目に修業してるんだな。

 夕霧命には感情がないから、恥ずかしいって気持ちもないんだ。

 ここは正直に答えないといけない。


「少しだけかすりました」

「そうか。これはどうだ?」


 端正な顔が近づいて、さっきと違った感じで唇に触れて、すぐに離れて、


「どう感じだ?」

「さっきよりかすりました」

「そうか。光は?」


 事務的に終了。

 色欲も何もなく、本当にただの修業である。


 その後、寝る時間の前に、キスの修業を思い出していると、心の声がバッチリ聞こえている、すぐ隣に座っていた光命が質問して来た。

 その声色は遊線が螺旋を描いていたが、瞬間凍結させるほど猛吹雪で冷たかった。


「そのようなことをしたのですか?」


 やばい! こんな光さんは見たことがない。

 怒ってる!

 光さんが夕霧さんとキスの修業したかった――


 慌てていると、


「私のはどのように思っているのですか?」


 えぇっ!?

 光さんまで、感想聞くんですか! 


 こっちは冷静さで、感情を抑えてるから、恥ずかしさがない。

 答えないと、絶対に何度も聞き返される。


 私は親指を立てて、渋く微笑んだ。


「光さんのは、ハートのど真ん中にバッチリ届いてます!」


 そして、翌日の朝。


 なぜか誰もそばにはおらず、1人で朝ごはんを食べていると、蓮がやって来た。

 天使のように美しい顔が近づいて来て、唇に触れて、離れて、


「俺のはどうだ?」

「ぶっ!」


 妻は朝ごはんを吹き出しそうになった。


 8年も一緒に結婚生活をして来たが、こんなことは聞かれたことがない。


 光命と夕霧命、どっちだ!

 蓮にキスの修業の話をしたのは!

 蓮がこんなことを自分からするはずがない!


 何が悲しくて、子供が4人もいて、8年も夫婦をして来た夫に、今さらキスの感想を答えなくてはいけないんだ!

 

 私はそっぽを向いて、ふてくされたように言った。


「ちゃんと届いてます〜」


 そうして、夜。蓮は出かけていなかった。

 夫2人をつかまえた。


「もう! キスの話を蓮にするのはやめてくださいよ」


 夕霧命は不思議そうな顔をした。


「何の話だ?」

「…………」


 光命は手の甲を唇に当てて、くすくす笑っていた。


「あぁっ! 光さんですか! キスの修業の話を蓮にしたのは! もう、朝ごはん食べてる時に、蓮に感想聞かれたから、思わず吹き出しそうになりましたよ」

「くくく……」


 夕霧命が握った拳を口に当てて、珍しく声に出して笑った。


「気になったんだろう」


 こうして、キス事件は終わりを迎えたのだった。


 それでは、次。


 愛している事件。


 本編でちょっとアレンジした形で出て来た話。


 ――眠ろうとすると、床で寝ている光命を見つけた。


 初めて見た、寝顔。

 どうしてだろう?

 あぁ、そうか。

 いつも私が起きる前に起きてて、私が寝てから寝るからだ。

 私を守護してくださって、ありがとうございます。


 老若男女が振り返る夫。これはぜひ、この機会によく見せてもらおう。


 うわ〜! 綺麗だなぁ〜。

 まつげとかビューラー巻いたみたいにくるっとしてる。

 顔整ってるよね〜。

 

 15年間も星空よりも遠い存在だった光命。それなのに、


 こんなに無防備に寝てる。

 私は幸せだ。

 子供みたいで、かわいいんだね。


 愛してます――


 遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声が聞こえてきた。


「えぇ、私も愛していますよ」

「あれ? 起きてたんですか?」

「えぇ、先ほどから起きていましたよ」


 私の心の声は、光命には筒抜け。


「罠でしたか……」

「あなたが私に愛していると言ったのは、今のが初めてです」


 確かに、想ったこともない。

 光命がカウントしている通り、今日が初めてだ。


「私はこういうことは言わないので、他の誰にも言ってないです」

「火をつけたのはあなたです」

「え……?」


 そのまま押し倒されて、SMじみた激しいセック◯が始まった。


 しまった!

 激情を持っている光さんに、


 あなたにしか言ってない――


 と伝えたら、こうなって当たり前だ。

 その夜は眠らせてもらえなかった。


 まぁ、反省だね。

 みんなにも自分の気持ちは伝えないと……。

 明日、言おう。


 そうして、翌日の朝食。

 蓮が急に抱きしめて来て、耳元で囁かれた。


「愛している」


 8年も一緒に夫婦して来て、言われたことなどない!

 もう! 光さん、また悪戯して!


 2019年7月18日、木曜日。

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