第7話 脚立

「ねえ、いいじゃんアーシュ。入部してよ」


 早々に昼食を食べたヒロミが亜珠美の腕をゆすり、おかげでサンドウィッチがたべやすいったらない。

 

「ちょ、わかったからやめて」


「入ってくれるの?」


「それは嫌だけど」


「おーねーがーいー」


 さっきからずっとこの繰り返しで亜珠美は食事が進まない。

 周囲では同級生達が食事を終え、それぞれの昼休みを過ごしていた。

 しかし、昼食後も教室にいる生徒なんて寝るか勉強をするのが大半で、そのどちらからも冷たい視線を向けられてしまう。

 

「だからうるさいって」


 いつの間にか側には平山が立っていた。

 小脇に数学の問題集を抱えているので、彼女もまた自習をするつもりなのだろう。

 

「あ、ほら平山さんでいいじゃん。顔広いし、私よりも頭いいよ」


 褒め言葉に照れる平山を見て、亜珠美は思った。

 この女は見た目よりもチョロい。

 ヒロミを押しつけて自分は傍観する側に回ればいのだ。

 平山とヒロミなら美人と美少女で絵面もいい。


「え、平山さんも入ってくれるの?」


 ヒロミのガラス玉のような目に見据えられ、平山はたじろいだ。

 しかし平山さんは、ではなく平山さんも、という言い方が亜珠美には不満だった。まるで自分の入部は既に決まっているみたいではないか。

 

「わ、私はほら、サッカー部のマネージャーにも誘われているし……」


 平山はそこまで深く関わりたくないという態度をあからさまにし、上半身をのけぞらせる。

 自分に替わる人身御供を逃がしてなるものか。亜珠美はすかさず、ヒロミの加勢をした。


「部活の掛け持ちは許可されているんだから、形だけでもいいんじゃない」


 亜珠美の言葉に、余計な事をと言わんばかりの目つきで平山が睨む。

 でも、第一印象よりもいい娘なのは知ってしまっているので今更、怖くはない。


「ほら、ヒロミもこんなに頼んでるんだし。とりあえず形だけでもさ」


 形だけ、からズブズブと沼に引きずり込んでしまえばいい。その後のことは自分には関係ないと亜珠美はほくそ笑む。

 しかし、物事はなかなか上手くいかないように出来ている。

 平山が突然、亜珠美の肩に手を置いたのだ。


「い、いいわよ。あくまで籍だけの幽霊部員でいいならね。それに、部長を軽羽さんがやってくれるのが条件よ」


 いやいやいやいや、マズい。

 亜珠美は妖怪ヒロミから沼に沈められる平山に、足首を掴まれた気がした。

 

「ちょっと待ってよ。私は入らないし、部長はヒロミでしょう?」


「見苦しいわ、軽羽さん。人のことを巻き込んで自分は距離を置こうなんて通るわけがないでしょう」


 目論見を喝破され、亜珠美は呻く。

 部長になってしまえば責任者であり、幽霊部員を決め込むわけにもいかない。

 

「はい、じゃあアーシュが部長ね。それで私と平山さん……と」


 ヒロミは早くも申請書を書き換えだした。


「待て待て、本人の意思を確認しろ!」


 しかし、気にせずに記入を終えると、ヒロミは立ち上がってニヤリと笑った。

 

「先生に出してくるから。今日の放課後はさっそく部室に集合ね」


 言うがはやいか、掛けだしていくヒロミを見ながら、亜珠美は平山の服の裾を掴んだ。


「ちょっと、平山さんのせいで部長になっちゃったじゃない」


「あんたのせいでわけわかんない部に入ることになったんですけど」


 二人は力なく罵り合い、同時に仲良く底なし沼にハマったような嫌な連帯感で結ばれた。


 ※


 放課後、亜珠美はとぼとぼと階段を上り、件の物置部屋に向かう。

 ヒロミは興奮しながら、受理されたと言っていたので諦めるしかないのだろう。

 と、前方に同じく肩を落として歩く平山の背中が見えたので足を早めた。


「幽霊部員になるんじゃなかったの?」


 平山は他の部活動との掛け持ちも考えているらしいので頻繁には顔を出さない筈だ。


「今日だけは来てって、ヒロミちゃんが言うから」


 平山はうんざりした顔で言う。

 ヒロミは外見に似合わず粘っこく、行動力もある。だからこそ、異常な若さで魔女の称号を得たり出来るのだろうけど、周囲にいる凡人は付き合っていれば疲れてしまう。


「よかったじゃん。友達になりたかったんでしょ」


「私は可愛い子とは仲良くしたいけど、変人はいやなの」


 亜珠美の皮肉に、平山はあえぐように返した。

 変人といえばこれ以上無い変人で有り、可愛いと言えば同学年でも首位を争うほど可愛い。

 平山の中でヒロミはどちらに落ち着くだろうか、などと考えているうちに物置部屋に着いた。

 

「ヒロミ、あんたなにしてんの?」


 ヒロミはどこからか持ってきた脚立に乗って板切れと金槌を手にしていた。

 『魔術科学研究会』。板切れには字が書いてあり、妙に迫力のある毛筆書きはそう読める。


「部屋の中に看板があったから打ち付けようかなって」


 なるほど、それで頭に巻かれたハチマキに釘が刺してあるのか。亜珠美はもはやヒロミの奇行に驚きはしない。

 だが、平山にとっては違うようで、彼女は慌てると大きな声でヒロミに呼びかけた。


「ちょ、ヒロミちゃん、パンツ見えちゃうよ。降りてきなよ!」


 言わなきゃいいのに、そんなことを大声で言うものだから廊下を歩く生徒達の視線がヒロミの尻に向けられた。

 遠くまで響いたのだろう。図書室からも生徒達が出てきてこちらを見てくる。


「大丈夫、大丈夫。魔女はちゃんと準備しているのだよ。ほら、短パン」


 ペラッとめくって見せるヒロミに、平山は慌て、亜珠美はため息を吐いた。

 わざわざ高いところに登ってスカートをめくる蛮行に、周囲の生徒達はどよめいていた。

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