科学魔術の魔物退治トリオ

イワトオ

第1話 夜回り

 無人工場の横を通る道路は日が沈めばすぐに暗くなる。

 ところどころ、点々と灯っている街灯は足元を照らすが、それ以外の闇を濃くしている様に見えて亜珠美には不気味に見えた。

 

「ねえ、アーシュ。あんまり先に行かないでよ」


 背後から声を掛けられて振り向くと、浮遊スクーターに跨ったヒロミが手を振る。

 チューブトップのワンピースを着たヒロミは、いかにもな帽子をかぶりハロウィンで見るような魔女のコスプレをしていた。

 ああいうのは、お祭りで見るからいいのであって、こんな夜道で見ても、と思いながらもその姿はサマになっており、亜珠美の視線は短いスカートの裾から覗く白い太ももに吸い寄せられる。派手なピアスも、明るい栗毛色の髪もどれもこれもが悔しいほど似合っていた。

 対して、自分は野暮ったい高校のブレザーに、黒い外套を羽織っただけの即席コスプレ魔女で、しかも手に持っているのはいかにも魔法少女が持って居そうなステッキである。

 中身がヒロミくらい美人だったらこの服装も可愛らしく見られるのだろうか。

 そんな事を思って亜珠美はため息を吐く。 

 

「アーシュじゃなくてアスミね。それよりそっちが急いでよ」


 ヒロミは気にしている風もないが、亜珠美はこんな格好を誰かに見られるなんてまっぴらだし、夜回りなんてさっさと済ませてしまいたかった。


「でもゴー介が……」


 箒を模した浮遊スクーターは斥力を発生させる為のモーター音を唸らせながら旋回し、ヒロミは背後の巨人を見上げた。

 巨大な金棒を担ぎ、がしがしと歩くのは無骨なジャージ型活動服に身を包んだ人型自動機械で、出所不明の備品、通称ゴー介である。

 身長二.五メートル、重量二.八トンを誇り、自律行動までこなす優れものだが、歩行速度は最高で時速四キロしか出ない。通常ならその八割という鈍足で一行の足を大いに引っ張っていた。


「ゴー介、大丈夫?」


 ヒロミの問いに、ゴー介は片手を上げて応える。

 この自動機械は会話機能がついているのにもかかわらず、口(?)を開かない。

 厳ついゴー介が痴漢避けになるかもと、同行に賛成した手前、亜珠美も強くは言えず、もどかしい思いで後続が追いつくのを待った。

 と、ラジオを回したような音がして浮遊スクーターのスピーカーが異音を叫ぶ。

 緊張が走り、亜珠美はステッキを握りしめると、周囲を警戒した。


「アーシュ、気を付けて」


 周囲をうかがいながらヒロミが言う。

 見慣れない暗闇と異常事態。亜珠美は思わず身震いし、背筋に冷たい汗が走るのを感じた。


「アーシュ、前!」


 ヒロミが叫ぶと、浮遊スクーターに取り付けられたガトリング銃が唸りをあげた。

 聖水を魔力で固めた魔力弾が秒間二発の勢いで暗がりに打ち込まれ、何かを打ち砕く。

 街灯周辺の最も濃い闇から、街灯の下に転がり出たのは金属部品が寄り集まった小鬼だった。

 小鬼は弾着による衝撃か、眉唾の聖水による効能か、とにかく動きを止めた後、バラバラに分解した。

 亜珠美は周囲を警戒しながらヒロミの隣までさがった。こういうときは、とにかくばらけない方がいいと痴漢対策の本に書いてあったし、なにより心細かった。


「ちょっと、何よこれ!」


 おそらく魔法で作られたと思われる小さな人影が通行人を襲う。そう聞いていたのだけど、こんなに醜悪なものが相手とは思ってもいなかった。

 

「まだいるよ。油断しないで」


 ヒロミの言う通り、スピーカーからは異音が続いており、暗闇ではガチガチと金物がこすれる音がした。

 瞬間、暗がりから小鬼が飛びかかり、亜珠美はとっさに打ち払った。

 ステッキに充填された魔力が衝撃を発生し、小鬼を大きく吹き飛ばし、金属ゴミに戻す。

 

「ナイス、アーシュ。やるじゃん!」


「私もそう思う!」


 手には嫌な衝撃としびれが残っている。

 互いに顔も合わせず怒鳴り合うと、闇を凝視する。

 ようやく目が慣れてきて、小鬼の姿がぼんやり見えるようになった。

 金属片で形作られた小鬼は鋭い爪を持っている。あんなもので皮膚を撫でられればズタズタになってしまうだろう。

 亜珠美はステッキを小鬼たちに向けながら奥歯がガチガチとなるのを噛み殺した。

 

「ゴー介、ライト付けて!」


 ヒロミが命じると、ゴー助の顔に取り付けられたライトが光り、周囲を照らす。

 すると、いた。


「うおりゃあああああ!」


 闇の中から洗い出された五体の小鬼にヒロミの銃撃が降り注ぎ、次々と打ち倒していくなか、一体が仲間を盾にして暗闇に飛び込んだ。

 逃げられる!

 思うより早く、亜珠美も暗がりに飛び込んでいた。

 

「くらえ!」


 闇雲に振り回したステッキは小鬼を捉え、見事にこれを吹き飛ばす。

 亜珠美は緊張に荒い息を吐いたものの、小鬼が二度と動かないことを確認すると深呼吸をして心を落ち着けた。

 やがて、スピーカーの異音も止まり、周囲には静寂が戻って来る。


「緊張したねえ」


 ヒロミは緊張の反動か、楽しそうに言うとスクーターを降りて小鬼達の死体をまさぐった。

 金属部品の間から、九センチ四方の黒い板を抜き出す。

 小鬼の核で、ディスクと呼ばれる物体だった。

 亜珠美も倒れた小鬼からディスクを回収し、ヒロミに渡す。

 その手が震えていることにようやく気づいた。

 闇で交錯した瞬間、亜珠美のステッキよりも小鬼の爪が先に届いていた。

 大振りのナイフのような小鬼の爪。制服など容易く貫いただろう爪は外套に当たって弾かれ、亜珠美の腹には鈍痛だけが残った。

 防弾、防刃、撥水性に優れ、魔力も弾く。ヒロミがそう言っていたのを思い出す。

 最初は嫌だったのだけど、押し切られる形で羽織っていたものだ。そうでなければ、倒れたのは小鬼ではなく、自分だった。

 今になってぐったりと体が重いのは緊張が解けたからか、使い慣れないステッキの仕業か。

 とにかく、科学魔術部の初活動は成功に終わり、二人と一体は帰路についたのだった。

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