第2話 初遭遇
亜珠美の入学した高校は県内でも有数の公立校で、出身中学から遠いため知っている友達もいない。なんとなく、探り合うようなむず痒い雰囲気の中、クラスで一番耳目を集めていたのがヒロミだった。
生まれつきの茶色の髪と、整った顔立ち。なにより白い肌が印象的だと亜珠美は思った。
勉強以外もきちんとやってきました、と主張したい連中がホームルームの間に話しかけて、ヒロミも楽しそうに笑っていた。しかし、当面は他人事だ。
亜珠美は新たに始まった新生活への不安からため息を吐く。
三月の上旬、亜珠美が中学の卒業式を終え、志望校への合格を知った日、父は青い顔で帰ってきた。
曰く、遠方への転勤を会社で命じられたらしい。
かくて父一人、娘一人で長らく生活してきた小さな借家は引き払われることになり、父は遠隔地の社宅に、亜珠美は学校から歩いて十五分のアパートを借りて新生活が始まったのだった。
小さいとはいえ、一軒家からワンルームのアパートへの引っ越しは大量のゴミ捨てを必要とし、荷物の整理に追われて三月は去った。
新年度になるとすぐに父が新天地に去り、亜珠美は一人で荷物を発送し、借家を拭き上げると鍵を大家に返納した。
十年程住んでいたため、大家のお婆ちゃんは大泣きして見送ってくれたのだけど、感傷に浸る暇も無く新居での荷解きがあり、なによりオリエンテーションで貰った大量の課題が亜珠美を追い立てて、あっという間に入学式がやって来てしまった。
寝不足である。その上、腰が痛い。
部屋にテーブルがないため、課題を段ボールの上において解いたのがマズかったのだろうか。部屋には最低限掘り出した生活必需品と、教科書などの教材が散乱していた。布団を敷くスペースも確保できなかったため、毛布だけを引っ張り出して床で寝たのもよくなかったのだろう。
かくして皆が晴れ晴れとして、緊張感と期待に溢れる高校生活初日を、亜珠美は疲労と、寝不足と、倦怠感に苛まれながら過ごしたのである。
ホームルームが終わり、初日は終わった。
配られた施設案内や部活動紹介をカバンにしまい、亜珠美は立ち上がる。
もはや限界であった。
幸いなことに課題は提出を終え、夜には何も予定がない。片付けは明日以降の自分に任せて、今日の私はゆっくりさせてもらおう。
夕食は帰り道のコンビニで買えばいい。しかし、部屋にはまだテレビもないため、娯楽も必要だ。コンビニで雑誌を買ってもいいのだけど、生活費を考えればここは節約だ。施設案内にあった図書室に向けて歩き出す。
階段を上り、五階の廊下に出てすぐに名前を呼ばれた。
「アシュミちゃん、助けて!」
驚いて振り返ると、扉が開いた部屋があり中でヒロミが倒れていた。
その上には奇妙な家電らしきものが倒れかかっており、ヒロミは足をばたつかせながら必死に支えている。
「え、助けるって……」
亜珠美は慌てて周囲を見回したものの、人気は無い。
それもそのはずで、上級生の始業式は午前中に行われ、大多数は帰宅している。
部活も明日からと言う事で、新入生も教員も、こんな場所をうろついていたりしない。
「たーすーけーてー!」
わめくヒロミに駆け寄ると、倒れかかっているものは重たくて持ち上げられそうになかった。
「スイッチ、スイッチを入れて!」
言われて見れば、取っ手らしきものの下に赤い丸ボタンがついてた。
ヒロミは必死に手を伸ばしているものの、微妙に手が届いていない。
映画で核ミサイルとかを発射するボタンに似ている、と思い同時に押すのが怖くなった。
「これでいいの?」
「はーやーくー!」
ヒロミに急かされ、おそるおそるボタンを押すと、物体がフワリと浮き上がる。
ヒロミはすぐに物体の下から這い出て、次の瞬間、糸が切れた様に物体が落ちた。
「危なかった。魔力はほとんど抜けてるのに一瞬だけ動くんだもん」
ヒロミは苦笑を浮かべながら制服のホコリを払った。
亜珠美もいつの間にかホコリにだらけになっており、恥ずかしくなって慌てて払い落とす。
「ありがとうね、アシュミちゃん。おかげで助かりました」
ペコリと頭を下げると、ヒロミは倒れた物体をごろりと転がした。
なるほど、先ほどまでの状態が、この物体にとって天地逆だったことがわかる。
「アシュミと書いてアスミって読むんだ……けど、それなに?」
おそらく、正しい方向を向いた物体には椅子があって妙なレバーがたくさんついていた。椅子の方向を見れば、レバーがゴチャゴチャ着いている方が前で、とんがった紡錘形の方が後ろなのだろう。前方と後方は細いパイプでつないであり、しいて言うならバーベルに似ていた。
「魔箒型浮遊スクーターだよ。これ見たら嬉しくなっちゃってさ、浮かせて動かそうと思ったら下敷きにされちゃった」
へへ、と可愛く笑いヒロミは浮遊スクーターの椅子に腰掛ける。
落ち着いて見れば、この部屋は普通の教室の半分ほどしかない上に、部屋の三分の二をなんだか解らないガラクタが山をなして占領していた。
浮遊スクーターと言えば、亜珠美たちが生まれるずっと前に流行し、いまは販売もされていない商品の筈だ。テレビ番組でなんどか見た事はあったものの、実物を見るのははじめてだった。
「アドリアド社製をベースにずいぶんと手を入れているけど、こんなに綺麗な機体はもう残っていないんじゃないかな」
ヒロミはつぶやくと、愛おしそうに浮遊スクーターを撫でる。
締め切られたカーテンの隙間から夕陽が差し込み、その姿を亜朱美は色っぽいな、と思った。
ヒロミはしばらくレバーをいじったりしていたのだけど、椅子から立ち上がると亜朱美の方を見て悪そうな笑顔を浮かべた。
「この部屋と中のガラクタはきちんと整理すれば自由に使っていいんだって。ひどいよね、これお宝の山なのに。あ、アシュミちゃんも暇なら手伝ってくれない?」
まだ自宅の片付けもまだなのに。
そう思いながら、ヒロミに押し切られ、亜珠美は得体のしれないガラクタを片付ける事になったのだった。
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