第8話 自動機械人形

 結論から言えば、平山の加入は亜珠美にとって福音だった。

 とっ散らかった部室を片づけるのに細やかで強引な平山の性格はよく向いていたのだ。そうして、やたらと義理堅かった。

 違う部活のマネージャーになると言っていたのにも関わらず、一度始めた片づけを途中で止めるのが気持ち悪いらしく、毎日のように部室という名の物置部屋に顔を出して作業をしていく。

 ただし、亜珠美にとって不幸なことに、亜珠美がフェードアウトすることだけは許してくれなかった。

 放課後になればヒロミと共に亜珠美を捕獲し、部室に連行する。

 ヒロミは嬉々としてガラクタの山を掘り起こし、平山はむすっとしたままそれを棚に陳列していく。

 

「ねえ、平山さん。たまには休もうよ」


 高校最初の休日を前に、亜珠美はうんざりしながら平山に提案してみた。

 部室で組み立てる棚の部材を二人して運搬する途中だった。

 かつて活動していたという木工技術部の廃材をもらい、部室で組み立てる事の繰り返しに亜珠美はあきていたのだ。

 日々、部室の作業が続いており、まだ自宅が片づいていない。

 しかし、平山は不満げに振り返るとため息を吐く。


「そんなことしても、ヒロミちゃんは部室に来るんでしょ。可哀想じゃない」


「そんなこと言うけどさ、自分の家が片づいていない私も可哀想じゃん」


 放課後に部活とは名ばかりの整理作業に従事すれば、家に帰っても課題をこなすので精一杯である。

 亜珠美の弱音は思いの外、平山に通じたらしく平山は黙って考え込んだ。


「じゃあ、こうしましょう。部室に来て最初の一時間はみんなで課題を解く。残った時間で片づけをすれば軽羽さんもいくらか楽でしょう。私としては、早く片づけて縁を切りたいんだから、不本意だけどそうしましょう」


 なるほど。道理で積極的だと思えばそんな事を考えていたのか。

 亜珠美は納得して頷く。

 そうして、二人は部室に戻るとヒロミにその旨を告げた。


「え、いいんじゃない?」


 ヒロミはこともなげに言う。

 反対されたら部長権限で強行採決に持ち込む腹積もりだった亜珠美は肩すかしを食らった。

 

「ちょうど机とイスがおけるくらいのスペースも出来たしね」


 ヒロミの言うとおり、うずたかく積まれたガラクタは棚に移され、わずかながら床の見える面積も広がっている。

 

「じゃあ、机とイスを貰えるか先生に聞いてくるね」


 平山はそういうと部室を出ていった。

 棚の材料を見つけてきたのも平山だったので、その行動力に亜珠美は舌を巻く。

 

「そんなことよりも、おもしろい物を見つけたんだ」


 ヒロミが指す方を見て、亜珠美はのけぞった。

 そこには腕がたてかけてあったのだ。

 いや、それが人の物で無いことはすぐにわかる。肘から先の前腕しかないのに、長さが1メートル以上もあるのだ。

 光沢質の樹脂でコーティングしてあり、蛍光灯を受けてキラリと輝いている。造形的にに古いSF映画のアンドロイドに見える。


「なにそれ、気持ち悪い」


「いくつかの部品を組み立ててみたらビンゴだった。これ、自動機械人形の部品だよ」


 魔力によって稼働するロボット、魔術科学の秘奥と呼ばれる技術ではないか。

 亜珠美は驚いて腕をマジマジと見つめた。

 科学のみで作成するロボットとは異なり、遙かに高度な自律性と思考能力を有し、また怪力や俊敏性も持つ。

 そのため、人間が立ち入れない地域での作業や、戦場では絶大な威力を発揮しているという。

 その性能は科学の発展を持ってしても一向に追いつく気配が無く、現代の魔法使いたちは殆どこの自動機械人形の整備と運用を請け負い糊口をしのいでいるのだ。

 

「え、でもそれってすごく高価なんじゃないの。こんなところに転がっているなんて……」


 場合に寄っては一体で巨大な工場の建設費と同等とさえ言われる価値があると聞いたことがあった。


「練習用の旧式だと思うんだけど、それでも高級住宅くらいの値段はするかな」


「そんな、盗まれたら大変じゃない。先生に言って金庫にでも入れてもらわなきゃ」


「落ち着いてよ、アーシュ。自動機械人形って言うのは同一素材で部品を作ったりとか、いろいろあるから腕だけ持って行っても意味ないんだよ。まあ、一式そろっちゃってるからきちんとした魔法使いが泥棒に入ったらお手上げだけどね」

 

 わはは、とヒロミが笑う。

 

「だからさ、片づけは一旦中断して、私は自動機械人形の組立に入るよ。魔力通して動かしちゃえば盗むも盗まないもないから」


 確かに、前腕の大きさから考えると自動機械人形の全体像は相当な巨体だと見て取れる。

 

「いやあ、それにしてもスッキリしたよ。正体の分からないもののいくらかはこいつの部品だったんだね」


 ヒロミは棚に置かれたボーリングの球に似た球体を撫でた。

 

「それは?」


「自動機械人形の核ね。他の部品は全部バラバラだったからわからなかったけど、これは小さくならないから大きなヒントになったわ」


 その目はどん欲な光をたたえており、一見無邪気なこの少女がやはり常人離れした魔女であることを亜珠美に思い出させた。

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