第4話 魔女子さん

 浮遊スクーターのパネルにディスクを入れて、蓋を閉めるといくつかの電飾がブツブツと明滅を繰り返した。


「え、それって電池なの?」


 亜珠美の問いにヒロミは困ったような表情を浮かべる。


「電池……とは違う。でも似たようなものかな。説明は難しいけど」

 

 そのリアクションから、自分がした質問がよほど的外れなのに気付いて亜珠美は恥ずかしくなった。


「ええと、式符の発展なのよ。たとえば特定の文言が力を持ち、特定の意思の元に用いられれば効果が発現する。ってのが魔法のおおざっぱな概要なんだけどそれだと咄嗟に長い呪文を唱えるのは困難でしょ。だから、あらかじめ紙に意思と発気のきっかけを記しておく魔法形式がアジアでは多用されたの。これに科学技術の発展が合わさって磁器情報として魔法式をあらかじめ刻まれたのがこのディスク」


 ヒロミはパネルのボタンを操作しながら説明を連ねていく。


「どうでもいいんだけど、この子ってば安全装置が付いていないのね。発動もボタン一つだし、昔の人は恐ろしいわ。まあ、おかげで助かったんだけど」


 ヒロミがこの機械に押しつぶされ、亜珠美が助けた事をいっているのだろう。たしかに、複雑な操作が必要だったなら亜珠美はあきらめて職員室に走っていた。


「ん、読み込み完了だって。リーダーも壊れてなくてよかったよ」


 ディスクを挿入するのと逆の手順で取り出して、パネルを閉めるとヒロミはディスクを鞄につっこんだ。


「これで飛ぶの?」


「うん。たぶん十キロくらいは飛ぶんじゃないかな」


「思ったよりも飛ぶね」


「そうね、アドリアドのカタロを見てきたんだけど、最高時速は一五〇キロくらいまで耐えられる設計なんだって。まあ、これはかなり改造しているもっと手前でバラバラになっちゃうと思うけど」


「はやっ、日常の足って感じじゃないね」


 そんな特急列車のような速度を必要とする場面はあまりない。

 

「そうなの。もっと普及すればいいんでしょうけどね。やっぱりなかなか……さ、準備完了。アーシュ、外に行こうか?」


「ねえ、その、免許とか本当に大丈夫なの?」


 楽しげにハシャぐヒロミはいいのだけど、一緒になって入学早々謹慎処分などの事態は避けたかった。父にも心配をかけてしまう。


「言ったでしょ、私は有資格者だって」


 むっとしてヒロミが睨むのだけど、亜珠美にはそれが嘘だと判ってしまっている。


「だって年齢制限がまず足りてないじゃん」


 まず基本的な二級免許さえ取れていないのだ。にもかかわらずそれ以上の操作をしてしまっている。刑法で裁かれて、県の魔術管理委員会から査問を受けるとかなんとか、中学生の時に啓発ビデオで見たこともあった。


「ふっふっふのふ、それは魔術機械運用技術者免状の話。私が持っているこの、国家魔術院発行の総合魔術監理者二級の前ではその辺は全部クリアされるのだ!」


 ヒロミは胸をはるとポケットからパスケースを取り出した。

 魔女!

 亜珠美はその中の免許カードを見て驚く。

 県魔術管理委員会の上部組織、国家魔術院。そこが直接認定した技術者には特に『魔法使い』の称号を冠される。

 

「え、だってそれ取得に半月とかかかるって……」


「そうそう。やっぱりアーシュって魔法をよく知ってるよね。ほとんどの同級生はこの免許も知らないよ」


 魔術は危険であるという啓発は小学生のうちから学校でなされるが、それを運用する資格について詳しく学校で教えられることはない。つまり、知っているということは自ら調べたということでもある。

 魔法使いに憧れた過去を暴かれたようで亜珠美の顔が赤くなっていく。 


「富士山の麓の合宿所で毎日のペーパーテストと機械いじりを乗り越えてね、どうにか合格したんだけど、いやあ、実際に未成年の合格を想定してなかったんでしょうね。合格発表の時、職員のおじさんたちがすごくバタバタしてたもん」


 それはそうだ。

 魔術監理者といえばそれより合格率が低いのは世の中に剣道の八段昇級検査しかないといわれる難関ではないか。

 合格する人もおおよそ、剣道八段の合格者と年齢層が近いという。

 ほとんど、生涯を科学魔術に捧げて拾得した人の為の資格にこんな小娘が合格するとは誰も思わないだろう。


「受験要件はないからさ、アーシュだって受けようと思えば受けられるんだよ」


 冗談を言うな。

 亜珠美は顔をしかめた。

 魔術概論の全面的修得と、関係法規の丸暗記だけでも図書館の書架一つを丸ごと頭に入れる必要があると言うのに、それとは別に科学知識や物理学、歴史や言語学にも長けていなければいけない。

 そのほかに、最新式自動車から飛行機、建設機械群から果ては宇宙船まで整備できる機械知識も必要だという。一体、誰が受かるというのかとテレビで揶揄されていた。


「だから、資格は心配しないで。そして、助手として監督下の二名までは無資格者にも魔術機械の運用をさせられるから、アーシュもこれに乗れるよ」


 ヒロミはいい笑顔で笑った。

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