第10話 使命感と義務感
「小鬼がね、出るんだって」
亜珠美の課題が終わり、ティーセットを片づけ終わるとヒロミが依頼の内容を説明し始めた。
もっとも、ヒロミはあっという間に課題を終わらせてしまい、平山も亜珠美に先だって終わり、ヒロミがゴー介の下半身を組んでしまうのと平山がティーセットを片づけ終わるころにようやく亜珠美の課題が終わったのであるが。
「これが地図。学校から二キロくらい行ったところに無人工場が並ぶ一画があるのは知ってる?」
ヒロミは鞄から地図を取り出して机の上に広げた。
亜珠美はよく知らなかったのだけど、平山は知っているらしくうなずく。
どうも依頼の資料に添付されていたらしく『県警資料』の印が打ってある。
「その辺りで奇妙な怪物に通行人が襲われる事件が発生しているの」
狸か何かでは無いのか。
亜珠美はそう思ったのだけど平山を見ると真面目な顔で聞いているので茶化すのはやめておいた。
「それなら警察の出番でしょ?」
「そうなんだけど、あからさまに魔法案件の場合は警察ってなかなか出て来ないのよ。ほら、街に降りてきた熊とかって猟友会が射殺するでしょ」
ヒロミはいくつかの根拠法令をそらんじるのだけど、亜珠美にその内容が解るはずはなかった。
「周辺の人払いはやってくれると思うけど、調査や何かあった場合の対応は基本的にコチラ」
平山は眉間に皺を寄せて首を傾げる。
「でもそれ、変じゃない。市民を守るのが警察の仕事でしょう? それがこんな可愛い女子高生に依頼するなんて」
平山の意見はもっともだと思いつつ、亜珠美は何となく理由を察していた。
「それは平山さん、有資格者の魔法技術者って普通は大人だから……」
魔術監理者ほど高位な資格でなくても、科学魔術に関する資格は大抵の場合長い実務経験を求められる。
魔術管理部会としても構成員にまさか高校生が混ざるとは想定しておらず、事件現場の直近にいる構成員に依頼を振ったのだろう。
魔術管理部会の構成員とは大抵の場合、工房と呼ばれる独立組織を率いて活動しており、また従業員や弟子も抱えている。つまりチームへの依頼なのだ。だから助手の帯同など妙な条件が付く。
「でもヒロミ、平山さんのいうとおり、無理なら断った方がいいよ」
亜珠美の提案にヒロミは口を真一文字に結んだ。
「むう、それがそうも行かないのよ。なんせ私、ほら魔女じゃない? こういうのは地域でもっとも階級の高い人に振られてるの」
ということは、この街でヒロミより位の高い魔法使いはいないのだろう。
「で、難度が高い案件を高位者が断って、技能や知識に劣る低位者に押しつけるのは成功率や危険性からいっても認められていないの。それでも断る場合、慣例的に資格の返上を伴う厳しい処罰が協会から下るのよ」
ヒロミは笑いながら説明した。
本人はそれなりに乗り気らしい。
亜珠美は目を細めてヒロミを見つめる。
危険かもしれない依頼に、躊躇うことがない。それも彼女の天才性ゆえか。
「結局行かなきゃいけないんだから、まあいいじゃない。それより小鬼よ」
亜珠美としては帯同させられるのだから、その辺をしっかりはっきりさせて欲しいのだけど、ヒロミは依頼の内容について話し始めた。
被害状況や目撃情報からの推定。危険度。必要な装備。
「まず、これがアーシュの武器ね」
ヒロミが鞄から取り出したのはいかにも子供向け魔法少女が携えていそうなゴテゴテとしたステッキだった。
「これはちょっと……」
平山が笑いをこらえるのを尻目に、亜珠美は渋面で意志を表示した。
「バントでホームラン君の同系統武器だね。威力は五分の一、発動回数は四倍になっているから使いやすいよ」
押しつけられた玩具のような棒は、ずっしりと重かった。
このまま殴れば人の頭くらい割れそうだ。
「いいじゃん軽羽さん。似合ってるよ」
明らかに小馬鹿にした目で誉める平山に、亜珠美はへへ、と乾いた笑いを返す。
「アンタは?」
亜珠美が尋ねると、ヒロミはガラクタの中から黒い鉄塊を取り出してきた。
映画で戦闘ヘリに着いていた機銃に似ていると亜珠美は思った。
「ガトリング式水銃だよ。私はこれを浮遊スクーターに設置するつもり。弾丸用の聖水も持って来たんだ」
そういうとヒロミはどこからか二リットルのペットボトルを取り出した。
如何にありがたい水だろうと、お茶のラベルも剥いでいないペットボトルに詰められれば浮かばれまい。
亜珠美は自らが握るかわいらしい金属棒と、ヒロミが抱えるものごつい水鉄砲を見比べ、なんとなくやるせない気持ちになった。
「あとはせっかくだからゴー介も連れて行くとして、組立と銃の取り付けも考えればあと二時間で出発だね。アーシュはステッキの使い方を練習しといてね」
強引に物事を進める魔女に、亜珠美は取り憑かれた気分になってきた。
救いは平山だ、と思い横を見ると平山は明らかにひいていた。
亜珠美は思わず平山の手を掴む。
「平山さん、私を見捨てたらダメだよ。友達でしょ?」
溺れる者が藁にも縋る気持ちが亜珠美にはよく理解できた。
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