ブックマーク

桑原賢五郎丸

ブックマーク

 パソコンで調べ物をしようと、ウェブブラウザを立ち上げる。

 すると、見覚えのないブックマークが登録されていることに気づいた。

 このパソコンは私しか使っていない。夫がパソコンに触ることはないし、3歳の子供がパソコンを操作することはないだろう。

 とすると、何かしらの拍子に私が登録した、ということになる。


 それにしては、趣味から大きく外れているのが気になる。当然のことながらブックマークは本棚の嗜好に近い。

 私を例に出して言えば、ブックマークのフォルダには長女の名前のもの、育児、役所、食事、映画、ファッション、ダイエットと名前がつけられている。それらのフォルダと同じ階層に、登録した覚えのないブックマークがあるのだ。

 見覚えのない背表紙が自分の本棚に並んでいるのを気にしない人はいないと思うが、それ以上の異質感を放っている気がする。


「明治」


 と名付けられたそれは、フォルダの並びの真ん中にあった。

 確認してみよう。見終わったら消せばいいだけのことだ。

 それにしてもこの平成37年に明治とはなんともレトロな。自分の生まれるはるか前の元号を懐かしむのもおかしな話だが。




 そこには、明治時代の未解決凶悪事件が事細かに書かれていた。

 まだ個人情報という考え方がない時代だったのだろうか。被害者名と住所はもちろんのこととして、日付、家の中でどのように殺されたとか、凶器は包丁だったとか、執拗に、必要以上に細密に表記されている。

 なぜか目が離せなくなっていた。

 不謹慎を覚悟で言えば、解決しないミステリーのあらすじを読むような、そんな感覚だったのかもしれない。

 一通り熟読し、ブックマークを削除した。正直あまり見たいものではない。なぜこんなものを登録したのだろう。


 スマートフォンのアラームが午後4時を知らせてくれた。保育園に子供を迎えに行く時間だ。パソコンを終了させ、自転車の鍵を手に家を出た。





 翌日の昼。家には私しかいない。夫は仕事だし、子供は保育園だ。夕食の参考にするため、料理サイトを見ようと思い、パソコンを立ち上げる。

 明治は消えていたが、新たなブックマークが登録されていた。


「大正」


 もちろん大正時代のことだろう。さすがに気持ちが悪いので、夫に連絡を取る。

 おれがパソコンをいじれないこと知ってるだろ、という返答だった。

 とすると、やはり私が登録したのだろうか。お酒も飲めないし、そんな記憶はまったくないのだが。


 やはり、そこには大正の未解決事件が書かれていた。ずいぶん昔のことなのに、息遣いまで聴こえてきそうな描写だった。誰が書いているのかは知らないが、なかなかの書き手であることは間違いない。ただ、悪趣味なだけだ。

 ブックマークを削除し、ブラウザを再起動する。当然のことながら消えている。安堵し、料理サイトを開いた。


 翌日もパソコンを立ち上げた。ブラウザには


「昭和」


 というブックマークがある。だがそれを読む勇気はない。見なくても内容の見当は付く。ただ削除するのみだ。

 ウイルスに感染したのかもしれない。もしこれが続くようなら、パソコンを買い換えることも検討しよう。





 翌日。

 早朝からヘリコプターが飛び回っている。今まさにテレビで報道しているが、最寄りの繁華街でナイフを使った通り魔事件が起きたらしい。いまだに犯人は潜伏中だそうだ。その為、保育園は休みになった。子供はひとしきりはしゃいだあと、疲れたのか眠りについた。

 パソコンを立ち上げ、ニュースサイトで最新の情報をチェックする。

 ブックマークのスペースに、見慣れない文字があった。


「令和」


 これも、元号、なのだろうか。なんにせよ平成と書かれていなくて安堵した。いたずらかウイルスだと分かっていても、段々と年代が近づいてくるのは怖いものだ。

 気になって調べてみたが過去にこの元号はない。迷ったものの、令和の文字をクリックする。


 内容はいつもの未解決事件のようだった。日付は今日。押し入ってきた通り魔に、母子がナイフで殺害されたとある。犯人は逃走して見つからず。

 最後に書かれていた住所は、あろうことか、我が家の住所だ。


 悪意のこもったいたずらだと知りつつも悪寒がし、震える手でブラウザを閉じた。玄関の鍵を確認するため、居間から玄関へと通じる扉へ。

 扉は開いていた。

 開け放たれた扉の向こうに、血に染まったナイフを手にした、見知らぬ男が立っていた。

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