【正解、不正解】

目の前にはそびえ立つ像があった。学校とかでよく見る感じのやつだ。

「校長先生とか? 創立者かな」

それを先頭にして、様々な像が道沿いに続いていた。

女の子達が踊っている像、紳士と少年が鳩に餌やりをしている像、婦人が猫を抱いて……など人型の物が多い。

そこを抜けると、薔薇のアーチが現れた。そこから覗く景色は、まるでどこかのお屋敷の庭みたいだ。

真ん中の噴水は、数人の女性達が水浴びをしている像で出来ている。辺り一面に咲く薔薇は一色だけでなく、見たことのない色のものまであった。そこに水が跳ねて、キラキラと花を輝かせている。

女性達は皆美しく、服ではなく布をまとっていた。ビーナスの誕生だっけ、そんな絵があったよね。

「……少し似てるかも」

ぴかぴかと、目の前で何かが瞬いた。ぶんぶんと羽を震わせる音がする。虫かと思って払おうとしたけど、その前に手を止めた。

「これって、もしかして妖精?」

よく見ると人の形をしている。金色の羽も生えている。

私の声に答えるように、チリンチリンと軽やかな音を鳴らした。ベルを持っているのか、これが鳴き声のようなものなのかは分からない。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

いつのまにか辺りの妖精たちが集まり、ぐいぐいと押してきた。背中からお尻まで。耐えようと思えばいけるかもしれないけど、これは素直に身を任せた方が良さそうだ。

薔薇の生垣はまるで迷路のようになっていて、物凄く進みづらい。なのに急かすように、妖精たちの力は変わらない。

「どこまで行くの?」

話しかけても、チリリンと鳴るだけ。

「えっ……待って!」

突然下に穴が開いたと思ったら、私はその中へ……落とされた。


ドサッと音がして、お尻をさする。

「そんなに深い穴じゃなかったけど、私があとちょっとでも運動神経が悪かったら足でも捻ってたわよ!」

愚痴を言っても、もう妖精達はいない。一体何が目的でこんな真っ暗なところに連れてきたの……。

「……っ」

一瞬、体に鳥肌が立った。私は……この暗さを知っている? どうしてそう思うんだろう。ただの暗闇、穴の中なのに。

立ち上がって右か左か分からないけれど、とにかく歩いた。今までの道にライトかロウソクか、何か便利なものがないか探しておけば良かった。まぁ使えるものがある確率は低いけど。

適当に歩いても壁にぶつかることなく、どこまでも進める。もしかしてこれ出口ないんじゃない?

「あぁ……」

あんな妖精追っ払っちゃえばよかったんだ。そういえば、おばあ様か誰かが言ってた。妖精はイタズラっ子なんだって。人間を惑わせるのが好きらしい。

「意地悪ねぇ……」

この程度ならまだ可愛いものかもしれないけど。このままただの暗闇が続けば、意地悪どころではなくなる。

「お腹がすくのが先か、疲れて動けなくなるのが先か……どっちも嫌ね」

ただでさえ歩きまくりなのに。こんなところじゃ休憩もできそうにない。

ぼんやり、うっすらと光が現れた。そこへ駆け足で近づくと、扉があった。どこに繋がるか分からないけど、暗闇よりはマシなところに違いない。できればまた綺麗なお花畑辺りに繋がっていてほしい。


意を決して開けた先は、私が望んでいたものではなかった。なんだろうこれは。最初は本物だと思ったけど、これは絵だ。どこまでも続く深い森を、不気味なタッチで描いている。気味悪さを競うものなら、この画家は優勝ね。

「趣味悪いわ」

どうせならもっと綺麗なものをかけばいいのに。せっかくこんなに絵が描けるのに勿体ない。自分のノートに描いた絵を思い出して、苦笑いを浮かべた。

まぁ頼まれて描いたのかもしれないし……って、この世界にそんな概念があるのか知らないけど。

長い廊下を抜けると、また一つの扉が見えた。それまでの道に似合わない白く綺麗な扉。手を添える程度の軽い力で開けられた。

中へ入ってから、なんとなく後ろを振り返る。ドアノブに触れてみると、やっぱりそれが開く様子はなかった。鍵がついている訳ではないのに、もうそれは動かない。そのまま固められてしまったみたいだ。

「どうして、戻れないんだろう」

二度と、前の場所には帰れないのか。不思議な力? 誰かがこんなものを作ったの?

ぎゅっと胸が締めつけられたみたいに苦しくなって、不安と心細さでいっぱいになった。でも……どうしたって先に進むしかないのね。


外に出たのは久しぶりな気がする。でもあんまり嬉しくはない。全体的に雰囲気が暗いし。紫の空は黒い雲が渦巻いて、不穏な空気を醸し出している。

自分一人だけが歩けるギリギリのスペース。その怖いくらい真っ直ぐな一本道は、白い薔薇でできている。手を広げたら棘で血だらけになるだろう。

「こんなところ、誰か手入れでもしているのかしら」

強制的に進まされた先には、思わずため息を吐きたくなるような黒い扉が待っていた。光を通さない程に黒く、冷たく、全身をかけて押さないと動かない重い扉。

私を進ませたいのなら、なぜこんな扉にするのだろう。それとも、私はこれを拒めばいいの? 進まずに大人しくしておけば、傷つくことはなかった?

――ギィィ……。

僅かに開いたそこへ体を潜り込ませた。

「あぁ、重かった……。なんでこんなところで鍛えなきゃいけないのよ」

また暗い廊下が続いていた。もう慣れたものだ。しかし今までより深い色、わざと黒の絵の具をベタベタと塗りつけたような壁だ。

「逆にオバケが出てこない方がおかしいわね」

途中にかけてあったランタンを手に持ち、新しい扉を開けた。

「お邪魔しまー……す」

どんなものかと待ち構えたけど、そこはどこかの地下室のようだった。今までのところに比べたら、現実に存在してそう。独房とかにも近いかもしれない。トイレとかあるし……使われてなさそうで良かった。

先へ進むと、また銅像が現れた。噴水のようだけど、水の代わりにコインが溢れ出している。黄金の、外国のお金。でもこんな世界でお金の価値なんかあるのかな。

「い、一応。一応ね!」

鍵とか開けるのに役立つかもしれないし、と言い訳をして一枚ポケットに入れた。

そしてまた廊下が続く。だんだん灰色に変わってきたけど、コンクリートのようで、冷たさは黒い時とさほど大差ない。

真っ直ぐ歩いているようで、地味に曲がっているのかもしれない。じゃないとこんな一本線の建物なんて作れるだろうか。きっと外から見たらこの世界は縦長なんだわ。


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