第二十話 日常に還る

   

 翌日。

 宴の月の第十三、大地の日。

 ピペタ小隊の四人は、都市警備騎士団の本部――通称『城』――まで呼び出され、南部大隊の隊長執務室にて、大隊長ウォルシュから、こっぴどく叱られていた。

 しばらく叱責が続いた後、ウォルシュの言葉も徐々に収まってきて、小言こごと程度に変わる。そして彼は、大きくため息をついた。

「まさか、ピペタ小隊長が、警護任務に失敗するとはなあ。人格や経歴はともかく、その剣の腕前だけは、私も高く評価していたのに」

 ピペタ・ピペト本人の前で、ウォルシュは、さらりと「人格や経歴はともかく」という言葉で、ピペタのことをざまに言うのだが……。

 場面が場面なだけに、ピペタは「仕方がない」と諦めるしかなかった。


 昨晩、魔法で眠らされた四人が目覚めたら、すでにイスト伯爵は殺された後だった。池の近くでは、ほとんど炭と化した焼死体も見つかった。使用人オウサムの姿が消えているので、彼の死体なのだろうということになった。

 実際には、オウサムは氷と化して粉々に砕け散っており、焼死体の正体は黒ローブの怪人だ。だが事情を知らぬ者の目から見れば、オウサムが焼き殺されたように思えてしまう。体格が少し合致しないのも、炭化した影響かもしれない、と都合よく解釈されたようだ。

 そうした状況判断を、目覚めたピペタは、部下の三人から聞かされたのだった。

 一応ピペタも不自然にならないように、裏の仕事が片付いた後で、ゲルエイに魔法をかけてもらっていた。他の三人同様、ピペタも眠りに落ちることで「凶行の間、四人全員が眠らされていた」という話をでっち上げたのだ。

 ただしピペタは、最後に睡眠魔法ソムヌムを受けた分、起きるのも一番遅かった。現場の責任者である小隊長としては、情けないとか不甲斐ないとか思われても、文句は言えないだろう。


「いくら強い剣が振るえても、その剣で敵を倒すのが得意なだけで、その剣で敵から人を守るのは苦手ということかね? 頭が痛い話だよ、まったく……」

 なかなか感情を顔に出さないと言われているウォルシュにしては珍しく、今の彼は、あからさまな困り顔になっている。その手で今にも、文字通り頭を抱えそうにも見える。

 まあ無理もないだろう、とピペタは思う。

 イスト伯爵は、東の大陸から亡命してきたという話になっていたのだから、重要人物として扱われていたはずだ。一般的な「一人の市民が殺された」という事件とは、重みが違うのだ。

 しかも、そもそもイスト伯爵の屋敷が襲撃された事件は、東部大隊の管轄だった。捜査だけでなく、屋敷の警備に当たるのも、本来ならば、彼らが担当するべきだったのだ。襲撃犯が現れた時に屋敷にいれば、現行犯として捕縛する絶好の機会にもなるからだ。

 それなのに、屋敷の警備には、別大隊のピペタが指名された。彼らは面白くなかったことだろう。その上、それで上手くやり遂げたならばまだしも、ピペタたちは任務に失敗して、屋敷の者を全て死なせてしまったのだ。

 もう襲撃犯は現れないし、今さららえたところで、犠牲者が出てしまった以上、これは都市警備騎士団としては失態だ。都市警備騎士団は、街の人々を守るべき存在なのだから……。

 おそらく今頃、東部大隊の連中は、そのように思っているのではないだろうか。

 ウォルシュだって、ピペタを警護役として貸し出した時には「東部大隊に恩を着せよう」という目算くらいあったはずだ。それが今では、逆に「お前たちのせいで!」と非難される側になってしまった。さぞや肩身の狭い思いをしているに違いない。

 まるで他人事のように考えていたピペタだが、ウォルシュが小さくため息を漏らしながら椅子に深々と座り直すのを見て、目の前の現実に意識を戻す。今のは、ウォルシュの「もう話は終わり」という態度のはずだった。

「では、ピペタ小隊の諸君。今日は、もう解散してよろしい。帰って、ゆっくりと休みたまえ。そして明日からは、通常の任務に復帰だ」

 つまり、街の見回りに戻るということだ。

「明日から……ですか? 『今日から』ではなくて?」

 ピペタの後ろでタイガが、余計な一言を口にする。この場は、小隊長のピペタに任せておくべきなのに。

 しかしウォルシュは、特に気にした様子もなく、気持ちの込められていない口調で、タイガに返した。

「そうだ。だが、別に君たちを気遣っているわけではないぞ。君たちが夜勤に回っていた間、担当区域は別の者たちに見回りさせていたからな。彼らは今日も、もう出かけてしまった後だろう。今から手配し直すのは、こちらが面倒なのだよ」

 もしかしたら、これは口実であって、自分たちに対する「たっぷり休ませてやろう」という配慮なのではないだろうか。ウォルシュは真意が読めない顔をしているだけに、その可能性もある……。

 少しだけ、ピペタは上司に対して、好意的な見方も考えてしまう。

「さあ、もう十分だろう。早く帰りなさい」

「わかりました。ピペタ小隊、退出します!」


――――――――――――


 ピペタは騎士寮の自室へと戻り、すぐにベッドに横になった。

 色々あったから、気持ちが昂ぶって簡単には眠れないかもしれない……。そんな予感とは裏腹に、ピペタは目を閉じた途端、簡単に眠ることが出来た。

 深く熟睡したことで、長い時間の眠りは必要とせずに、疲れも完全に取れたらしい。ピペタは、昼過ぎには目が覚めてしまった。

「さて、どうしたものか……」

 ゆっくり休むように言われているが、明日からは、また通常通りに朝からの勤務だ。夜になったら、普通に眠らないといけない。ならば、このまま夜までは起きていよう。

 そう考えるピペタだったが、では、今日は何をして過ごすか。自室にいても、特にやることはないし、かといって、無造作に出かける気分でもなかった。

 ピペタが出歩く時には、無意識のうちに慣れた地域へ足が向いてしまうものだが、彼の担当区域は、今ごろ別の小隊が代わりに見回りをしているはずだった。彼らと顔をあわせるのは、ピペタとしては、バツが悪い。

 少しだけ、思い悩んでから。

「そうだな。あそこへ出向いて、あいつの顔でも見てみるか」

 ピペタは目的地を設定して、街に出ることにした。


 いつもの騎士鎧ではなく、一般市民のようなカジュアルな服装で、街を歩くピペタ。

 この辺りもサウザの中では南側だが、日頃ピペタが見回りをしている区域とは違う。その中にある『アサク演芸会館』が、今日のピペタの目的地だった。

 立派な白い建物の前に到着したピペタは、入り口で金を払って、中へ入っていく。ピペタが来るのは三度目であり、しかも三日連続なのだが、入り口にいた係員には、まだ顔を覚えられていないらしい。「常連が来た!」という態度はされず、ピペタは、恥ずかしい思いをせずに済んだと安心する。あるいは、今日のピペタは格好が違うので、それで認識されなかっただけかもしれない。

 ともかく。

 客席へ向かう前に、まずピペタは、廊下にある掲示物――本日の公演スケジュール――を確認した。すっかり通い慣れた客の行動だが、ピペタ自身に、その自覚はない。

 掲示によれば、今日は『投げナイフの美女』が二回公演となっており、しかも一回目は、ちょうど今からのようだ。

「いい時に来たようだな」

 ピペタが客席に座ると、まるで彼を待っていたかのようなタイミングで、舞台の上に『投げナイフの美女』が現れた。

 燃えるような赤髪に、同じく真っ赤なレオタード、そして脚には黒い網タイツ。すらりと伸びた手脚と、なだらかな胸を強調する、魅惑的な格好だ。

 そんな彼女が、ステージで白い歯を輝かせているのだ。客席の男たちは「クールな美女が俺に笑いかけてくれた!」とでも思っているらしく、妙に盛り上がっている。

 殺し屋モノク・ローという、彼女の裏の顔を知っているピペタは、他の男たちとは違って、素直に営業スマイルを受け入れることは出来ないが……。

 それでも。

「うん。こういう姿の殺し屋を見るのも、悪くないな。もしかすると、今の姿の方が……。オモテの仕事の方が、あいつの本当の姿なのかもしれない。あいつも、日常に戻ってきたのだな」

 勝手に納得しながらピペタは、男の本能に身を任せて、モノクのレオタード姿に対して、ねっとりとした視線を向けるのだった。

 モノクの方では、こんな姿を知り合いからジロジロと眺められるのは、かなり恥ずかしいに違いない。しかし、そこまで女性の気持ちを思いやる心は、今のピペタには皆無だった。そこに気が回るならば、ピペタが、これほど前の方の客席に――はっきりとモノクからも見える位置に――座るはずもないのだから。


――――――――――――


 そして次の日。

 宴の月の第十四、太陽の日。

 一週間のうち七番目の曜日であり、世間一般の人々にとっては休日だ。しかし犯罪者にとっても休みとは限らないので、街の治安を守る都市警備騎士団は、太陽の日も普通に活動している。

 だからピペタ小隊の四人も、普通に朝、詰所で集まってから、街の見回りに出かけた。

「タイガ、なんだか眠そうね」

 少し歩いたところで、ラヴィがタイガに声をかける。

 その声を耳にしてピペタが振り返ると、後ろを歩くタイガは、確かに眠たそうな顔をしていた。しかも、ちょうどピペタが振り向いたタイミングで、あくびが出ている。

「昨日一日、ゆっくり休んだのではないのか?」

「無理を言わないでください、ピペタ隊長」

 別に怒られているわけではないと判断して、タイガは小隊長に反論する。

「確かに昨日は、昼間一日中、ベッドの中で過ごしました。ええ、たっぷり休養して、連日の夜勤の疲れも消えました。でも……」

 最後にタイガは、少し言いづらそうな口調で付け加えた。

「昼間たくさん寝てしまうと、その分、夜は目が冴えてしまいます。それが人間の体の仕組みってもんじゃないですか? だから、昨日の夜の睡眠は短くなるから、今、どうしても眠くて……」

 タイガの言い訳に、同僚のウイングが助け舟を出す。

「夜の仕事が続いたために、すっかり体が昼夜逆転していましたからね」

「そう、そう」

 我が意を得たり、と言わんばかに頷くタイガ。

 それを見て、ウイングは言葉を続ける。

「そうした体のサイクルは、勝手に戻ってはくれません。自分で意図して、調整しないと……。だから私は、昨日の昼は、眠くても頑張って、あまり寝ないようにしていました。夜きちんと眠れるように、努力したのです。おかげで、もう私の体のサイクルは、すっかり修正されているはずです」

 そこまで考えなかった方が悪い、という目を、ウイングはタイガに向けた。

「あれ? ウイングは、僕の擁護をしてくれたんじゃなかったの?」

「私もウイングの考え方は理解できるわ。私も昨日は、昼間は部屋で過ごすより、街に出かけていた時間の方が長かったもの」

 ラヴィまでそう言うので、結局、三人から責められる形になるタイガだった。


 いつもの受け持ち区域を見て回る四人だったが、太陽の日――休日――なので、街の人通りは、平日とは違う。南中央広場まで来ると、それは特に顕著になった。

 ただでさえ賑わっている広場が、いっそう活気に満ちあふれているのだ。中心にある噴水の周りには、そこで待ち合わせをしていたと思われる若い男女の姿が、何組も見られるほどだった。

「あれ全部デートかな?」

 若者たちを羨ましそうに眺めるタイガに対して、

「あんまりジロジロ見ると、邪魔になるわよ。見ちゃいけません」

「私たちは街の治安を守る存在であって、若者の風紀を取り締まるものではありませんからね。当事者同士の合意の上であり、法的な問題が発生しないのであれば、彼らが何をしようが自己責任です」

 ラヴィとウイングが、軽く諌めるようなことを言っている。

 ピペタから見れば、そう言うウイングも十分に若いのだ。若い部下たち三人のやり取りを微笑ましく聞いていると、顔なじみの露天商が声をかけてきた。

「ああ、騎士様! 戻っていらっしゃったのですね?」

 平日以上の客足があって、その相手だけでも忙しいだろうに、警吏に対する気配りも忘れていないのだろう。

 商売の邪魔にならない程度に、ピペタは要点だけを返す。

「ああ、そうだ。少しの間、シフトが変更になっていたが……。今日からは、また私たちが、ここを担当する」

「そうですか! では、また毎日、よろしくお願いします!」

 そうやって軽く言葉を交わしながら、広場を進むうちに、ふとラヴィが呟いた。

「ピペタ隊長、実は私……。昨日も、南中央広場に来ているのです」

「ほう?」

 少し興味をひかれて、ピペタが反応する。

 そして、先ほどラヴィが「昨日は街に出かけていた」と言っていたのを思い出した。

「こちらに来ていたのか……」

「そうです。ほら、私たち、少し仕事で失敗してしまったでしょう? それで……」

 落ち込んだから気を紛らわそうと、賑やかな場所に来たのだろうか。

 そうピペタは受け取ったし、タイガやウイングも同じことを考えたようだ。

「だったら僕が慰めてあげたのに……」

「いや、タイガには無理でしょう。それよりタイガは、まず自分自身のことをしっかりしないといけません」

「ウイング、それは少し酷すぎないか? 僕だって、気分転換に付き合うくらいのことは……」

 そんな男二人の言葉を、ラヴィが止める。

「ストップ! 二人とも誤解しているわ。私が言ったのは、そういう意味じゃなくて……」

 彼女は、再びピペタに向き直り、言葉を続ける。

「ほら、前に『職務に忠実に励めば未来は明るい』って言われたじゃないですか。仕事の上での失敗は、職務に忠実に励まなかったことになるのか、少し気になって……」

 おやおや?

 少なくともピペタは、ラヴィに対して、そんなことを言った覚えはない。だが、今の台詞は、ピペタも聞き覚えがある。つまり、ピペタが一緒だった時に、他の誰かがラヴィに告げた言葉だ。

 誰の言葉だったかな、とピペタが思い返している間に、その答えをラヴィが口にする。

「……だから、あの占い屋で、もう一度占ってもらったのです」

 ラヴィは、近くで店を開いているゲルエイ・ドゥを指し示した。


「まあ、騎士様!」

 指を向けられたゲルエイが、今ピペタたちに気づいた、という顔で大袈裟に反応する。

 ピペタは、なるべく彼女の店には近づかないようにしていたのだが、こうなっては仕方がない。三人の部下を連れて、ゲルエイの方へ歩いていく。

「やあ。今日も、ここで店を開いているのだな」

「はい、そうです。ほぼ毎日、ここで営業しております」

 つまり、暗に「これからも連絡を取り合いたい場合は、ここに来い」と告げているのだろう。

「それにしても、久しぶりですね。そちらの女騎士様とは、昨日ぶりですが」

 平然と言うゲルエイを見て「何を言ってやがる」とピペタは思う。一昨日の夜に、復讐屋として共に裏仕事に従事したばかりではないか。

 だが確かに、ここでオモテの顔で会うのは、ゲルエイが南中央広場で店を開いた日以来かもしれない。厳密には『幽霊教会』で集まる直前にも、その旨を伝えるためにゲルエイと会っているが、その時は急ぎだったので、広場ではなくゲルエイの長屋の方に――「もう来るな」と言われていた場所の方に――出向いたのだから。

 とりあえず、迂闊なことを言わないように、ピペタは、別の話題の方に関心を向ける。

「『そちらの女騎士様とは昨日ぶり』か……。昨日は、私の部下が世話になったそうだな」

「『世話』だなんて、滅相もございません。昨日の女騎士様は、大切なお客様でした。今の騎士鎧姿も凛々しいですが、私服姿の女騎士様は、どこのご令嬢かと見まごうばかりの美しさで……」

 これは、さすがに、客商売特有のお世辞だろう。三人の男たちだけでなく、当のラヴィも心得ており、ラヴィはゲルエイの言葉を受け流した。

「でも、本当に助かりました。あらためて占い屋さんに占ってもらって、私も元気になりましたから」

「ほう、占いというものは、人の役に立つのだな」

 当たり障りのない感想を述べるピペタとは対照的に、

「女って単純だな。占いごときで、気分が変わるなんて」

「タイガ、そういうことを言うものではありません。プラシーボ効果という言葉を知っていますか? 古代言語由来の言葉ですが、何でもないものが気分次第で薬として働くこともあるという現象です。だから占いも……」

 タイガとウイングは、正直な意見を口にしている。

「ちょっとタイガ! 何てこと言うの! それにウイングも、けむに巻くようなこと言っているけど、それって『占いなんて思い込み』って意味なんじゃないの?」

 聞き咎めて、男二人と軽く言い合いを始めるラヴィ。

 そんな部下たちを見ながら、ピペタは、彼らとゲルエイに告げる。

「では、そろそろ私たちは、次へ行こうか。占い屋、また来るぞ」

「はい、騎士様。いつでもお待ちしております」

 部下を連れてゲルエイの店から離れながら、ピペタは思う。

 こうして『騎士』と『占い屋』として対面するのが、自分とゲルエイとの日常なのだろう、と。


――――――――――――


 十月半ばの日本。

 みやこケンが通う高校では、少し前に二学期の中間テストも終わり、また通常通りの授業が行われている。

 今は休み時間であり、ケンは机に突っ伏して、居眠りをしていた。

 ケンの隣の席では、そこに座る関口せきぐちを囲んで数人が集まり、わいわいと騒いでいる。その騒々しさのせいだろうか、ケンは目を覚まし、むくりと顔を上げた。

 その様子を見て、騒いでいた生徒の一人が、すまなそうな顔で、ケンに声をかけてくる。

「悪かったな。寝ているみやこの横で、大声で……」

 ケンを『みやこ』と呼ぶ時点で、親しい友人ではない。ケンの隣に座っている関口は当然、クラスの友人であり、ケンを『キョウ』と呼ぶ。だが関口の席には、ちょうど今のように、別のクラスの人間が集まってくることが頻繁にあるのだった。アニメ鑑賞という趣味を持つ者たちの、ちょっとした集会所になっているのだ。

 ケンは、話題のアニメならば人並みに見るという程度であり、特にアニメに強い関心があるわけではない。だが、だからといって、別に彼らと対立する気もなかった。

「ああ、気にしないでくれ。そろそろ起きるタイミングだったからなあ」

 そう言って、軽く手を振るケン。

 ある意味、嘘ではない。

 ちょうど、少し悲しい夢を見ていたのだから。

 それも、空想ではなく、実際の出来事に基づいた夢だった。


「せっかくだから、キョウも話に混ざらないか?」

 関口が、手にした雑誌をケンに見せながら質問する。

「キョウは、この女の子を見てどう思う?」

 どうせアニメ雑誌だから、そこにあるのは二次元の『絵』に過ぎない女の子だろう。『絵』の少女に一喜一憂するのも、周りに女子生徒がいないという、男子校の環境のせいだろうか……。

 そう思いながら、開かれたページに目を向けたケンは、軽く驚いた。そのページは『絵』ではなく、写真で構成されていたのだ。ただし、普通の写真ではない。

「これって……。特撮番組の特集か?」

 アニメ雑誌ならば、おそらく特撮も扱うのだろう。そう考えたケンの言葉を、関口とそのアニメ仲間たちが笑う。

「そうか、一般人には、そう見えるのか……」

 そんな声も聞こえる中、関口がケンに正しい情報を与える。

「違う、違う。これはコスプレ写真だ。今人気のアニメのキャラになりきって、その格好をする、ってやつだ」

「ああ、なるほど……」

 詳しくないケンでも、コスプレという言葉の意味は知っている。

 言われてみれば、写真の中の女たちは、現実では見かけないような髪色をしていた。これでは、もしも特撮だとしても、実写番組では違和感があるだろう。

「こういうのは二次元だからこそ良いのであって、三次元では似合わない……。キョウだって、そう思うだろう?」

 質問の形式ではあるが、これは同意を求めているだけだ。

 関口が指し示しているのは、ピンク髪のアニメキャラに扮した可愛らしい女の子。ちょうど、その髪の部分に、関口の指先が置かれていた。

「そうだなあ。ピンクは、ちょっとなあ……」

 とりあえずケンは、そう返しておいた。

「ほら、みろ!」

「やっぱり一般人でもそう思うのか……」

「いや、広い世界のどこかには、ピンク髪の似合う女の子だっているはずだ!」

「まあまあ、落ち着け。キョウの意見は、キョウの意見として……」

 関口はアニメ好きの輪に戻り、また仲間内で、わいわい騒ぎ始める。

 ケンは、その喧騒からのがれるように、そっと席を立った。

 心の中では「ピンク色の髪が似合う美少女だって、ちゃんと実在するのだよ」と主張しながら。


 少し一人になりたくて、ケンは、人のいない窓際へと歩いていく。

 外の景色に目を向けると、秋晴れの青空が広がっていた。

 そんな清々しい空を見上げながら、ケンは……。

 異世界で出会った、今は亡き少女を――桃色の髪の少女を――、しみじみと思い浮かべるのだった。




(「桃色の髪の少女」完)

   

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異世界裏稼業 ウルチシェンス・ドミヌス(1)「桃色の髪の少女」 烏川 ハル @haru_karasugawa

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