(2)男装女子も女装男子もそこに等しく夢がある

 我々のサークルでは毎年、一年生が中心となって学祭に参加する。上級生は、模擬裁判の大会や学術発表会の準備で忙しいからだ。

 そしてこの学祭は、先輩たちから出してもらったカンパ金を元手に運営を行っている。それ故、赤字を出すことは決して許されない。

 赤字どころか、どうにか黒字を出し、学祭後の打ち上げにて先輩たちに還元することを目標としているので、一年生にとって試練のイベントなのだ。


「……どれもこれも決め手に欠けるな」


 そんな少々プレッシャーのかかる学祭に向けての、一年生会議。

 ホワイトボードに羅列した案を眺めて、司会の緋人くんは難しい顔で唸った。



 学祭の企画は、ざっくり屋台企画と教室企画に大別される。

 その名のとおり、屋台企画は戸外で屋台を、教室企画は校舎内にて教室を借りて行われるものである。基本的に前者は飲食物の販売、後者は文化系サークルの発表の場として使用されることが多い。


 けれども教室で発表するようなものがあるサークルは限られているし、展示の類いは収益を望めるものではないので、大抵のサークルは屋台企画だ。

 例年、国際法研究会が行っているのも屋台企画だった。なので今年も屋台企画前提で、ホワイトボードには、豚汁、やきそば、クレープ、といった定番の品々が書き連ねられている。


 ……が。

 いざそれを何にするかが決まらず、会議は停滞していた。


 そもそもメニューを決める以前に、火を使うか使わないか、という点でも意見が割れていた。

 火を使う場合は、学祭実行委員会よりプロパンを購入することになる。だがその料金が案外ばかにならないのだ。それに学祭当日もプロパンの残量を見ながら、追加購入するか屋台を撤退するか、見極めなければならないので厄介だ。見誤れば赤字になる。


 火を使わないものにすれば、その分の経費は浮くし、プロパンのことを気にしなくていいので学祭の最後まで粘れる。だが晩秋という季節柄、売れ行きがいいのは温かい食べ物だ。


 とはいえ、考えることは他のサークルも一緒。やはり屋台には温かいメニューが多く並ぶらしい。

 もしメニューが競合した場合には、客が割れる。


 ……そういった、先輩からレクチャーされた知識を元に、何にするかを検討していたのだけれども。どれも一長一短あり、一年目で何も勝手が分からない私たちは、これと決めきれずにいたのだ。



 煮詰まった私たちは、悶々と悩みこんで言葉少なになっていた。

 重苦しい空気を払拭するように、緋人くんは爽やかな声をあげる。


「いいや。ひとまずプロパンのことは置いといて、出せるだけ案を出してみよう。

 他に何かいい案ない、望月さん」

「私!?」


 やや疲労の色がにじむ緋人くんの目には「お前のその顔は、どうせしょうもないことを考えてるだろ。ダメ元でいいからとりあえず言ってみなよ」と書いてある。

 ご明察である。


 えーっと、ご指名にあずかりましたので。

 仕方なく。仕方なくだよ?

 私は背筋を伸ばし、膠着した状況に一石を投じるべく、意見を述べる。


「メイド喫茶か執事喫茶」

「却下」


 早いね!?!?!?

 予想してたけど!!!!!


「本当にお前の脳はこっちの予想を裏切らないよな。一瞬でも期待した俺が間違ってた」


 いいじゃない別に!

 定番どころじゃない!!

 高校の時は、決められたテーマに沿ってやらないといけなかったから、いかにも文化祭っていうテンプレな企画ができなかったんだもの!!!

 ていうかちょっと本性漏れてます緋人さん!!!!!


「いいじゃねぇか」


 しかし一蹴されるとばかり思っていた、私の欲望しかない案は、環に支持された。

 おっ!?

 却下の末路しか見えなかった案に援軍が!?


「どうせ屋台はみんな決め手に欠ける。だったら物珍しい教室企画の方が、人を呼び込めるんじゃねぇのか。他と被らないなら検討の余地はあるだろ」

「お前はこういうのに抵抗がないからそう言えるんだろ」

「ああそうだ。だけど、それだけじゃない」


 緋人くんの眼光にひるまず、環は流暢に続ける。


「教室企画は火は使えねぇが、飲食物の提供ならできる。喫茶形式なら金も取れるし、充分目的を達成できるだろ。

 それに、お茶研……茶道研究会は、毎年お茶カフェをやって、お茶を出したり抹茶クッキーやら売ってるらしいんだけどな。茶研の知り合いに聞いたけど、学祭は座って休める場所が少ないから入れ食い状態で、いつも大幅黒字だってよ。

 屋台の方が当日の人手は少なくて済むが、シフトの問題さえクリアできりゃ、屋台より狙い目だ」


 しかし緋人くんは首を横に振る。


「茶道研究会の場合は、抹茶っていう分かりやすい目玉がある。好きな人は一定数いるし、年配の人には全般にうけるだろ。そりゃ人も来るさ」

「だから俺たちは、コンセプトで釣るんだろ。お前はそれが嫌なんだろうけどな」

「あのな。別に、そのコンセプトが気に食わない、ってのだけが却下の理由じゃない」


 眉間に皺を寄せ、緋人くんは真面目に答える。


「金がかかりすぎる。メイドにせよ執事にせよコスプレにせよ、食い物代だけでカツカツなのに、衣装代にかける余裕はない。

 先輩たちの手前、俺たちは利益を出さないといけないんだぞ」

「誰に向かって物を言ってる?」


 環はにやりと笑う。


「メイド服からチャイナドレスまで、使えそうな自前のが数着ある。それを使えば元手はタダだ」

「……なんで持ってるんだよ」


 私もそれ聞きたいなんで持ってるの環。

 そして持ってるなら何で着てくれないの。何で私にその麗しいお姿を見せてくれないの。


 ……いや。メイド服やチャイナドレスは日常じゃ着られないか、さすがに。

 だったらせめて写真に収めて私にあますことなく送ってくださいアルバムにして永久保存版にしますからおおっと脱線した。




「それだったら。いっそ男女逆転カフェにでもすればいいんじゃないかな」


 怪訝な表情の緋人くんをよそに、藍ちゃんが挙手し、環をにこやかに後押しした。


「ボクは執事服を持ってる。少し手直しすれば白香ちゃんも着られると思うし」

「……なんで持ってるんだよ」


 ほんとだよ!

 藍ちゃんまでどうしてそんな素敵すぎる服を所有して……いや、持ってそうだな。

 藍ちゃんは持ってても何ら不思議はないな?


「バイト先が男装執事喫茶だから」


 そして藍ちゃんから的確な答えを返されて緋人くんは黙り込んだ。

 黙るしかあるまい……。


 っていうか藍ちゃんそれマ?

 それマ??

 なんでもっと早くそれ教えてくれなかったの後で行くので住所おせーて???




「ほらな。衣装の経費はタダだ」


 勢いづいた環は、面々を見回して値踏みしながら呟く。


「ひとまず女装枠が、俺、奥村、若林、安室、村上、蒲沢。神田と室山は体型が微妙だな。長谷川は体育会でほとんど出られないから除外。

 男装枠は少ないが、白香と瀬谷の二人。さすがに有栖川は瀬谷の服は着られないだろうから別途考えよう。

 この人数なら、開店時間を限定すれば、無理せずなんとか回せるだろ」


 指名された男性陣から、えぇ、と不満の声が上がる。

 だがその声は、あまり大きくはない。

 なぜなら。


「飲食物は、市販品か、事前に保存の利くものを作っておいて提供することにすりゃ、衛生管理も楽だし、当日の厨房要員はいらない。プロパン使って屋台をやるより、むしろコストは下がるだろ。

 それにさっきも言ったように、椅子席のある休める企画は、需要に比べて供給がほぼない。赤字の心配はほとんどしなくて済むぞ」


「……くっそ、反対する理由がない」


 そう。

 環と、緋人くんの言うとおりなのだった。


 前に議論していたように、火を使わないならプロパンのことは考えなくていい。確かに温かいものは人気だろうが、室内ならそこまで左右されることはないだろう。まだ真冬ではないのだ。

 なにより、座って休みたいという客を取り込めるのは大きい。企画内容からして、茶道研究会の方とは客層が異なりそうだから、その辺も大丈夫そうだ。


 それに教室企画なら、会場の設営にだってコストがかからない。屋台の場合は、やはりプロパン同様に資材を学祭実行委員会から購入し、自分たちでのこぎりとトンカチを持って、屋台を建てなければならないのである……。

 教室だって多少は飾り付けをするだろうが、微々たるものだ。パーテーションを使えば一発で客席とスタッフ側を仕切れるし、それは大学から貸してもらえるので無料だ。お金も手間も、ずっとかからない。



 冷静に考えれば。教室企画でカフェをやるという案自体は、悪くないどころか妙案なのだ。他のサークルがあまりやらないのは、屋台の方が火を使えてメニューが幅広いという理由のほか、人手をどうするかという問題や、客足がどうかという懸念があるからなのだろう。


 だけど。

 今の私たちには、そこそこの人手と、客を呼び込めそうな材料が、ある。


 サークル員たちは、複雑そうな表情は浮かべつつも、この案に心が傾きつつあるようだった。女装しなければならないという一点を除けば、この案は非常に魅力的なのだ。


 そう。

 魅力的。

 実に魅力的。


 アトラクティブ!

 ファンタスティック!!

 アメイジング!!!


 おっとよだれが。



 しかし、そのうち一人。

 蒼兄がおずおずを挙手する。


「ごめん、さっき名前があがったけど。当日は、能研で舞台発表があるからあんまりこっちに出られないんだ。だから俺は裏方で」

「出ろよ」

「出なよ」

「出るんだよ」

「……俺の話聞いてた?」


 他の男性陣から口々に厳しい声があがり、蒼兄はたじろいだ。

 最後に、緋人くんのとどめの一声が飛ぶ。


「シフトに入ってない奴を能研のサクラに回してやる。だからお前もこっちに顔を出せ。四六時中、公演してるわけじゃないんだろ」

「……断る理由がなくなってしまった……」


 ぼそりと残念そうに呟いた、その反応を見ると。

 やはり能研云々は建前で、本音では、単に女装をするのが気が進まなかったらしい。


 いけませんよ、蒼兄。

 サークルの一員として、しっかり可愛いお召し物を着て働いてもらいますからね? おっとよだれが。




 それにしても。


 ……女装か。

 女装、であるか。

 じょそう……で、ございますか。


 我がサークルの男性陣が。

 紅太くんが。

 緋人くんが。

 蒼兄までも。


 女装!!!

 か!!!!!




 ……滾るな……!?






 こうして。

 その後もしばらく議論が重ねられたものの、結果として全員の納得するところに落ち着き。



 私たちは学祭にて、男女逆転カフェを開催することに相成ったのである。

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君の血の側はいつもうるさい 佐久良 明兎 @akito39

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