確認男 行きつけのカフェ編 ①
カフェにハマった。
すごくコーヒーにこだわりがあるわけではないが、カフェでコーヒでも飲みながら小説を読むのが好きになった。
今までは、休みの日は家で、アマゾンプライムでドラマをイッキ見したり、プレステでウイニングイレブンを死ぬほどしていた。
しかし、大学4年になり、就活に追われ、1日で何社も面接をはしごしたりした。その時に、カフェで待機することが自然と増えた。
着慣れていないリクルートスーツを着て、平日の昼間からカフェで時間を潰している時に、窓の外で走っているタクシーや、せかせかと電話をしながら歩くリーマンを目にした。
その時に、世の中の皆は汗水流して働いている中、俺は好きな音楽を聞きながら、コーヒーを飲んで過ごしていることに優越感を感じた。
実際は内定を勝ち取るのに必死だったが、カフェで休憩をしている間は、自分にゆとりができた気がした。
周りがまだ内定を取れずにいる状況で、俺はGW前には内定を勝ち取り、胸を張った。
そして、単位も卒業要件を満たしている俺は、正真正銘のゆとりができた。
講義を受ける必要もなければ、大学に行く必要もない。人生の夏休みとはまさにこのこと。友達と遊ばない日は、ひたすら居酒屋バイトに時間を費やした。
そんなゆとりを、存分に体感するべく、俺は毎朝自宅アパートの近くのカフェを巡るようになった。
平日の朝に、スーツを着た社会人、制服を着て自転車に乗った高校生、ランドセルを背負って友達とじゃれ合ってる小学生と一緒に動き出し、みんな会社、学校に向かう中、俺はカフェへ向かった。
その生活を1ヶ月続けても、コーヒーに対して舌は超えることなく、その日の気分でカフェラテとカフェオレを選んでいるだけだった。カフェラテとカフェオレの違いもよくわからないままだ。
ただ、何件もカフェを巡っていると、ある違いには気づいた。
それは、おしゃれ店のインテリアでもなく、落ち着いた雰囲気をかもしだすBGMではない。
店員だ。
そう、当たり前だが、カフェによって店員は違う。そして、家から一番遠い個人経営のカフェに一番可愛い子がいた。俺が行くときは大体、その可愛い子か、顎髭が渋い店長かどちらかだった。
それに可愛い子は、おつりを渡す時、商品を渡す時に、必ず俺の目を見て微笑みかけてくれる。
それが、決め手だったかもしれない。
何回か通っていると、自然と可愛い子の名札に書かれた名前を覚えた。
”秋元”と、特別難しくもないその名前の漢字はメモするまでもなく、脳に刻み込まれた。
ある日、俺は秋元さんにカフェラテを作ってもらい、テーブル席でノートPCを開き、”秋元”でWeb、SNSと検索をかけた。しかし、当たり前のようにアイドルのプロデューサーしか出てこなかった。
次に、付近の大学生であると予想し、"成城大学 秋元"、"昭和女子大学 秋元"などと調べて複数人の女性は出てきたが、SNSのアイコンを見る限りは、目の前のカウンターの奥で清掃作業をしている秋元さんには程遠かった。
やはり、名字だけでSNSを特定するなんて、無理があったと、俺はノートPCを閉じて、天を仰いだ。
「学校名とフルネームさえ別れば、SNSのアカウントの特定なんて簡単だよ」
脳内再生されるだけでも嫌になる奴の言葉を思い出した。やっぱりそうだよなと、憎いが否定はできなかった。
***
俺は大学に入学すると同時に、フットサルサークルに入った。
高校3年間がっつりサッカー部で、県選抜に選ばれたりしたこともあって、実力にはそれなりの自信があった。おかげでそれなりにモテたが、大学じゃ遊ぼうと決めていたから、フットサルサークルに入って、持て余した実力を思う存分発揮することにした。
そんな俺の作戦通り、半ば素人のフットサルサークルで俺はロナウドのように崇め奉られた。
そのおかげで、俺は誰にでも気楽に話しかけられ、話しかけれるようになった。
そして、フットサルサークルで一番可愛い咲(さき)を頻繁に遊びに誘っていたら、向こうから告白されて付き合った。
そこまでは、俺の計算どおりだった。でも、咲は小動物のような見た目とは裏腹に、中身は化物だった。
俺がバイトと言って、同じ学部の女の子と飲み会にいったり、同じバイトの女の先輩のアパートに行ったりした次の日は必ず、「昨日の夜、何してたの?」と光のない目で俺を見ながら聞いてきた。
その度に、俺は悪びれなく、しらを切りやり過ごしていた。
それが誤算だった。ただの女の勘とやらで聞いてると思ったのが間違いだった。
何度目か女の先輩のアパートに、バイト終わりに行った時。
朝、アパートから出ると、なぜか咲が玄関の前に立っていた。
その時の咲の不気味な笑顔に、俺の全身の血が足元へ流れ落ちた気がした。
「昨日の夜、何してたの?」と冷静を装った咲に聞かれて、俺は何も答えられなかった。
予想もしなかった咲の出現に、何も答えられずに立っていると、咲は自分の右手をダランとさせて俺の口元まで持ってきた。
そこで俺は、「うわっ」と自分でも思いもよらない悲鳴が出た。
咲の手の甲には、赤黒い歯型がいくつもあった。相当な力で何度も噛んだようで、中の肉が見えていた。
そんな咲に目も当てられず、「ごめん」と何度も謝りながら、早歩きで咲から離れた。
それでも、咲は小さい体には似合わない力で、俺の手を掴んでから、思いっきり噛んできた。
「痛っった」
俺が思い切り腕を振って、咲の口から手を引き剥がすと、手から血が滲んでいた。
「これで私の痛みがわかったでしょ? ねぇ、痛いでしょ?」
なにが面白いのか、咲の口元は笑っていたが、目は全く笑っていなかった。
「前からずっと嘘ついてたの分かってたんだからね」
「なんで分かったんだよ......」
手の痛みに歯を食いしばりながら聞いた。
「それに、なんでこの場所まで分かったんだよ」
「ほんと慎吾って鈍感だね」
咲はボロボロの手でスマホを操作し始めた。
「なんでもかんでもSNSに載せたら、今何してるとか、どこに住んでるとか簡単にわかるんだよ」
咲が見せてきたスマホの画面には、俺のインスタのプロフィールが表示されていた。
「いや、でも俺、非公開にしてるから、友達以外は見れないはずだし......」
俺の投稿を見れる人間を友達のみに制限していた。
それに、咲にはインスタのアカウントは教えていないし、認証もしていないのに......。
それに、俺は浮気と思われるような投稿はしていない。
「友梨(ゆり)が慎吾のインスタの友達にいるでしょ?」
「あぁ。いるね」
「あれ、私なんだ」
「はぁ?」
ニタニタと笑顔で言う咲の言葉が信じられなかった。
友梨は同じフットサルサークルの子だ。それに、友梨は普通に自分の写真などをアップしている。なのに、なんで咲が?
「友梨も単純な子だよね。だって、パスワードがIDとほぼ同じなんだもん。名前と生年月日の組み合わせほど危ないパスワードはないよ。それに二段階認証もしてないんだから、余裕でアカウント乗っ取れたよね。まぁ慎吾のイ投稿を見るためにしか使ってないから、乗っ取るというほど悪いことはしてないけどね」
淡々と自分の犯罪の手口を話す咲に恐怖を覚えた。そこらへんのご当地アイドルに勝るルックスなのに、今は可愛さのかけらもない。
「でも、俺は特になんの投稿もしてないし......」
「そうだね。ごめん、嘘ついた。あなたの投稿じゃなくて、あなたの先輩の投稿を見てたんだった」
そう言うと、咲は先輩のアカウントの画面を見せてきた。
「昨日はバイト終わりに皆でカラオケに行って、慎吾だけは家についてきたって感じだったみたいね」
まるで怪しい占い師のようにピタリと当ててきた。確かに先輩は、カラオケの様子をアップしてた気がする。
「じゃあ、ずっとストーカーしてたってことか?」
俺の問いかけに、「ははっ」と咲は笑ったと思えば、一瞬で真顔になった。
「そんなことしないよ。私は慎吾とあの女が帰ってくるところを、ずっとここで待ってたんだよ」
咲はアパートの前の駐車場を指さしながら言った。
ますます訳が分からなくなった。バイト先から俺と先輩の後をついてきたわけじゃないのか?
「あの女も馬鹿な女ね。アパートの前でわちゃわちゃやってる動画とか載せてるんだもん。そんなのすぐに分かるよ」
「いや、ここに一回でも来たことないと、このアパートの前の動画ってわからないだろ」
「慎吾も大概バカね。私は慎吾のバイト先の場所は知ってる。そして、最近になって慎吾のインスタをフォローし始めた女が、同じバイト先の先輩ってことは慎吾とフォローが被っている人から大体わかった。そして、そのバイト先近辺で、女がインスタにアップしてたアパートの色や、周りの建物から、ストリートビューで特定したんだよ」
咲はアパートの方を見上げた。
「ここのアパート見た目が新しい感じだったから、物件情報アプリでも出てきたから結構簡単だったよ」
数ヶ月付き合って、見たこともない咲の姿に俺は恐怖以外の感情はなくなっていた。俺の浮気が原因とはいえ、ここまでの変貌ぶりを見せられると、逃げたくなった。
「俺が悪かった......別れよう......」
怒りを露わにされない分、言いづらかった。こうも執念を見せられると、どう謝っていいのかも分からなかった。土下座をしたところでどうにもならないのは分かっていた。ただ、俯いて言うことしかできなかった。
「いいよ」
案外素直に承諾されて、俺は咲の顔を見たら、目を細めて笑っていた。
そして、表情そのまま、「けど、許さないから」と言った。
「ごめん。ホントにごめん。俺が悪かった」
「そうだよ。慎吾が悪いんだよ。だから、私が何しても文句言えないよね」
「そう......だな」
「じゃあ、このことフットサルサークルの皆に言いふらすね。あの女がインスタの投稿のスクリーンショットと一緒に」
「えっ」
まさかの咲の発言に、俺は顔を歪んだ。
「だって、悪いのは慎吾なんだよね? 別にホントの事だし」
「いや......さすがに言いふらすのは......」
「自分だけ好きな思いしておいて、それは言うなと?」
悪いのは俺だが、せっかくここまで積み上げたものをぶち壊されるとなると、咲に怒りが湧いた。
悪いのは俺だ。でも脅迫とも取れる言い方で、迫られると、今すぐ咲のスマホをぶっ壊したくなった。
決定的な証拠さえ潰せば、なんとかなる。咲が俺のことを言う前に、咲の信用をなくしておけば、咲の言うことは全て妄言にすることができる。
そんな、俺の目線から悪巧みを感じ取ったのか、「あ、データは全部クラウドに上げてるから、スマホを壊しても無駄だよ?」と咲は言った。
俺がぐうの音も出ずに睨んでいると、「データを50万で売ってもいいんだよ?」と咲が交渉してきた。
「そう言っても、俺が50万払ったところでデータを全部消さないつもりだろ」
「いやいや、さすがに私もそこまで鬼じゃないよ。脅迫って言われても困るし。私はただデータを50万で売ってあげてもいいんだよって言ってるんだよ」
咲の見開いた目に嫌気が差したが、俺は「わかった」と返事をした。
「金払って流出させたら――」
「そこまで、私ネットに疎くないよ」
咲はそう言って笑うと、背を向けて歩き出した。
そのまま帰るかと思ったら、咲は「あっ」と何かを思い出したような声を出して止まった。
「学校名とフルネームさえ別れば、SNSのアカウントの特定なんて簡単だよ」
咲は肩越しにこちらを見て、そう言うと、再び歩き始めた。
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