確認男 コンビニ編

立って寝る能力を身に着けた。

 コンビニの夜勤を初めて早1年。幹線道路沿いでもないし、近くに24時間のスーパーがあるから、ここのコンビニに深夜に来る客は知れている。

 主な業務は掃除や品出しの作業だが、その合間合間に寝ることができるようになった。店長も事務室で爆睡しているから、別に問題ない。

 それに、微かな音ですぐに目が覚めることができる。入店の音楽がなった瞬間や、事務室から店長が出てきた瞬間に、寝てた様子を残すことなく起きれる。


 ピンポーンと入店の音と同時に起きた。

 品出しでしゃがみながら寝ていたから、少し脚が痺れていた。

 振り返ると、レジの前にくたびれた作業着をきたおじさんがいた。

 いつも0時を過ぎると、タバコだけ買いに来るおじさん。銘柄はいつもラッキーストライク。だから、幸運おじさんと心の中で読んでいる。

 幸運おじさんが来てから、大抵30分以内に、サークルの後輩のみなみが来る。それを含めて、幸運おじさんと名付けた。


 俺はいつも幸運おじさんの注文を聞く前に、ラッキーストライクを取り出して、レジに持っていく。いつもピッタリの金額の小銭をすでにレジに置かれていて、おじさんはラッキーストライクを受け取ると颯爽と店から出ていく。


 そこから、俺はパンの品出しを始める。

 みなみが来て必ず買うのは、パンだ。みなみはバイト終わりにこのコンビニで、明日の朝ごはんになるパンを買っていく。だから、俺はそれを狙ってパンの品出しをする。そして、みなみをチラ見しながら品出しをして、話しかけられるのを待つ。


 睡魔に再び襲われ、ゆっくりまばたきをしていると、ピンポーンと入店の音が聞こえてきて、一気に目が覚めた。

「お疲れ様ですー」

「あぁ、おつかれ」

 顔は寝起きであることを隠したつもりだったが、声は低く、上手く発声できていなかったから、「あ、今寝てましたねー?」とみなみがどこか嬉しそうに、顔を覗き込んできた。


「寝てない寝てない」俺は一度咳払いをして、立ち上がった。

「へー」と言いながら、みなみは意地悪な目で見てから、パンを物色し始めた。


「今日も食パンにすんの?」

「そんな毎日食パン食べないですよ」

「じゃあ、メロンパンとか?」

「いやー......」とみなみはメロンパンを目を細めて見ていた。


「そういや、近くにスーパーあるのに、なんでわざわざコンビニでパン買ってんの? スーパーのが安いじゃん、食パンなんか特に」

 ここ半年近く、このコンビニでパンしか買わないみなみが不思議で仕方がなかった。コンビニの食パンなんて特に割高だし、ここで買う理由が分からなかった。

 別に可愛い後輩がバイト中に来てくれるのは癒やされるから、俺としては嬉しいんだけど。


「えっ、だって」みなみは手に持っていたパンを落としそうになった。「ここのパンが好きなんで......」

「え? いや、だって、その食パンだったらスーパーでも売ってるじゃん」

「売ってますけど、そんなに値段変わらないですよ?」

「いや、50円くらい違ったと思うけど」

 俺はスーパーでの食パンの値段を思い出す。多分、6枚切り150円だったはず。ここの食パンは6枚切りで200円だ。


「50円なんて、誤差です! 誤差!」とみなみは飲み物の冷蔵庫の方へ行ってしまった。

 50円でも、頻繁に買ってたら結構デカいのになと俺は思う。

 みなみがここで買うメリットが分からなかった。割高のパンを買いにここに来る理由。スーパーにあって、コンビニにないものは値段の安さ。

 なら、コンビニにあって、スーパーにはないもの......

 俺? 俺なのか? いやそれ以外に浮かばない。

 みなみはもしかすると、50円の安さを捨ててまで、俺に会いに来てる? そういうことなのか?

 考えてみれば、みなみに思い当たる節はないことはない。


 この前のサークルの飲み会で、他の後輩の女の子と仲良く話していたら、どっちが先輩のタイプなんですか? なんて、みなみに後日コンビニで追求された。

 ただのイジりだと、その時は思っていたが、みなみは嫉妬していたということなのか?


「そういや、朝は絶対パンなの? たまにはご飯でもいいんじゃないの?」と俺は品出しを放棄して、飲み物を悩んでいるみなみに話しかけた。

「いや、絶対パンです」とみなみは固い決意を口にした。

「なんでご飯じゃダメなの?」

「なんでって、それはもう小さいときから、朝はパンだったから」

「じゃあ、なんでここでパン買うの?」

 俺はしれっと、ここでパンを買う理由を再度みなみに聞いた。


「えっと......」とみなみは1回目と同じように声を詰まらせた。

 さっきまで流暢に俺の質問に答えていたみなみとは、どうも様子が違う。俺がみなみの顔を見つめても、俺と目を合わそうとしないし、これは脈アリだろと期待が膨らむ。

 そうなると、もっとみなみを追い込まずにはいられない。もしかすると、俺のことが好きじゃない可能性もまだあるし。


「俺がいない日は、このコンビニ来ないらしいじゃん」

「えっ!」

 本当かどうか知らないが、カマをかけると、みなみは目と口を大きく開いた、そして、しまったというようにすぐに俯いて表情を隠した。

 どうやら図星らしい。

 みなみは、俺がいるシフトの日だけを狙って、このコンビニに来ている。

 昔、何曜日に入ってるんですか? なんて聞かれた気がするし。

 これはもう確信犯な気がする。みなみは俺に会いに来ている。その予想をもっと確実なものにするために、俺はみなみに確認することにした。


「なんで、俺がいるときだけ来るの?」

「いや、それは、たまたまで......」

「まずパン買うならスーパーのほうがいいじゃん」

「その......好きだから」

 みなみはボソッとつぶやくように言った。顔は見えないが、耳が真っ赤になっていることから、顔も相当赤いと思う。

 ただ、みなみの「好きだから」だけじゃ、俺のことだけじゃない気もした。コンビニが好きなのかも知れない。


「えっと、それはコンビニのパンが、ってこと?」

「もーなんで分かんないですか!」

 みなみは乱暴に食パンで俺を叩いてきた。

「わっかんないよ! コンビニで買うパンが好きってことだよね? ねぇそういうことだよね?」

 俺の激しい確認に耐えるようにみなみはパンを抱きかかえるようにして、俺を見た。

「先輩のことが好きなんです!」

 みなみはすがるような目で、俺を見つめてきた。助けを求められているような気もしたが、余計にいじめたくなった。


「えっ? なんで?」

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