確認男 お見舞い編
ピンポーン
今となっては珍しい、音だけが鳴るインターフォンで慎吾は目を覚ました。
熱のせいで全身に汗をかいていた。昼からずっと寝ていたから、今が何時かもすぐには把握できていない。窓の外はすでに真っ暗。夜であることは間違いなかった。
慎吾は起き上がると、ゴホ、ゴホッと咳もこみ上げてきた。寝ている間は忘れることができた喉の痛みも、思い出したように喉を手で擦る。
「はい」
慎吾がしゃがれた声でドアを開けると、大学で同じゼミのまあやが、心配そうにドアの隙間から顔を覗かせた。
「大丈夫?」
いつものキマっている慎吾とはかけ離れた姿にまあやは目を大きくしていた。
「あれ? まあや?」
慎吾は鼻の頭にまで下がった眼鏡をかけ直して、まあやの顔をちゃんと確認した。声だけじゃ、一瞬判断がつかなかった。それに、まあやが家に来るなんて夢にも思っていなかったから。
「先生から、風邪引いて先に帰っちゃったって聞いたから、スーパーでおかゆの材料買ってきたよ」
まあやは手に持っていたビニール袋を持ち上げた。袋から飛び出している長ネギだけが慎吾には確認できた。
「え?」
慎吾は聞こえてはいたものの、理解までできていなかった。それどころか、熱のせいで幻覚か幻聴なのではないかと疑い始めていた。
「だから、作ってあげるから寝てて!」
まあやはそう言うと、慎吾を押して無理やり部屋に上がり込んだ。ここで、部屋に上がれば勝ちだと、まあやは計算していた。九九は1から数えないとできないが、男女の駆け引きについては別腹ならぬ、別頭といったところだ。
「いや作って――」
「はやく!」
弱っている慎吾をいい事に、まあやは慎吾の言葉を遮って、おかゆを作ることを強行した。
「うん。ありがと......」
慎吾はまあやの勢いに驚きながらも、作ってくれるならありがたいかと、思い大人しくすることにした。
まあやは手慣れたように慎吾の狭いキッチンで料理を始めた。ゼミ内ではおバカキャラとして扱われているが、薬膳コーディネータの資格を持っている。
実はやれば出来る子なのだと、まあやは自負していた。
そして、今回もただのおかゆを作りに来たのではなく、薬膳を使った、慎吾の風邪に効く、特効薬にもなりうるおかゆを作ろうと気合が入っていた。
慎吾の大好物でもあり、疲労回復に効果のあるパクチーも大量に買ってきている。
鼻歌交じりに、包丁とまな板で音を奏でるまあやの様子を、慎吾はベッドで横になりながら見ていた。ワンルームであるがゆえ、ベッドからキッチンが見える。
最初は、まあやが料理なんて、と自分の体調を棚に上げて不安で見守るように、まあやを見ていたが、思いの外、テンポよく調理していく様子を見て安心した。
大学に入ってから、風邪を引いた時は孤独な戦いを強いられてきた。今回まあやが来てくれて、慎吾は、親に看病されていた小学校の頃を思い出していた。
「これは体を温めるんだよー」
ふいに振り向いたまあやは、慎吾と目が合った。
まあやは照れ笑いを隠すように、お玉ですくった出汁の味見をした。
「ど、どうしたの急に? だって、まあや今日バイトじゃなかったの?」
慎吾はずっとまあやのことを見ていたのがバレて、恥ずかしくなり、ごまかそうと、適当な話題を振った。まあやが今日バイトかどうかなんて慎吾は知らない。
「バイトだったけど、風邪引いたって聞いたから、作りに来ちゃった」
まあやは、何で慎吾がバイトがあったことを知っているのか不思議に思いながらも、本当のことを伝えた。
「バイト休んだってこと?」
「うん」
まあやは、今ここに来てるんだから、それくらい確認しないで察してよと、心の中で文句を言いながらも、事実だから正直に答えた。それでも恥ずかしくなった。
「なんで……バイト休んでまで、作りに来てくれたの?」
慎吾は確信を欲しがっていた。
特に連絡もしていないまあやが急にお見舞いに来るなんて脈アリだろうと感じていたから。
ただ、慎吾もこれだけの理由で告白をする勇気は出なかった。ここで焦って、告白して、「ただ、おかゆを作りたかっただけ」なんて言われたら、風邪が治っても大学に行きたくなくなってしまうから。
だから、ここでの確認が重要だった。
「もー、なんでわかんないかなぁ……」
まあやは感じていた。
慎吾は分からないふりをしているが、確認が的確すぎるがゆえ、自分に告白させようとしていることを。
だからといって、まあやもここで告白はするつもりはない。まず慎吾が元気な時に、そしてもっと雰囲気のあるところで告白したかったから。こんな足の踏み場もない、どこからかゴキブリが出てきてもおかしくない汚い部屋で、告白はしたくなかった。
「だから、早く元気になってほしくて作りに来たの」
まあやは、あえて、確信に触れない本音だけを慎吾に伝える。
「…...えっ? なんで? それは明日ラクロスのサークル活動があるから、早く元気になってほしい? そゆこと? そうゆうことだよね?」
慎吾は懲りずに確認した。
ここにきて、まさかとは思うが、ただ元気になってほしいわけじゃないだろうと、言わんばかりに確認をした。「ちがう。そうじゃない」と言わせるように、勝手な決めつけもした。
一見バカっぽいこの確認だが、慎吾の緻密な計算の上での確認だ。
あまりのしつこい確認の応酬に、まあやは辟易とした。
ただ慎吾の思う壺になりたくないから、まあやも慎吾に確認する。
「もうーバカだな―。ここまでしてなんで分かんないの?」
「わかんない」
看病されて気分が小学生に戻ってしまったのか、慎吾は駄々をこねるように言った。それに一切考える間も作らずに言っていた。
「なんで分かんないの?」この確認をされただけでも、だいぶ確信に近づいた気がしたが、もう一つ慎吾は可能性を感じていた。
このままいけば、「慎吾のことが好きだから」とまあやの口から聞けるんじゃないかと。
「好きじゃないと、しないよ!」
まあやは鍋を見ながら言った。
この欲しがりの面倒な確認から逃れたくなったと同時に、ここまで確認されるということは、別に慎吾もOKなんだろうと思ったから、まあやは告白した。
「おかゆが? おかゆがってこと?」
まあやの想像以上に慎吾は欲しがりになっていた。小学生どころか幼稚園児ばりに甘えている。ふざけた男だ、なんでこんな馬鹿な男を好きになってしまったのだろうと、今更ながら、まあやは後悔していた。
「もーう......違うよ......」と、まあやはちゃんと告白しないと、この男はどこまでも確認してくるなと覚悟し、告白のために一呼吸をおくと、「え? わっかんない! わっかんない!」と慎吾が催促するように確認してきた。
まあやは振り返った。慎吾は横になっていると思っていたが、待ち構えるかのように正座していた。
「藤森くんのことが好きだから!」
まあやは今日、お玉片手にゴミ屋敷のような部屋で告白するとは思っていなかった。きれいな夜景の丘でバラを片手に告白されたい人生だったと、目の前の、おかゆと告白を口を開けて待っている慎吾を見て思った。
「えっ!」
慎吾は本当に風邪だったのかと疑わせるような満面の笑みを浮かべた。
確信を得て、自分の予想通りまあやに告白させた慎吾は無敵だった。そして、告白されたのをいいことに、その時間を思う存分楽しもうと、「どれくらい?」と確認した。
「どれくらいって......」
俺もだよ! とでも言ってくれると期待していたまあやは困惑を顔に浮かべた。フラれた訳ではないとは言え、アメばかり欲しがる慎吾に先行きが思いやられた。
それでも、まあやは挫けずに「こーんくらい!」と全力で両腕を広げて円を描いた。
半ばやけくそではあったが、風邪が治ったらビシバシとまともな男になってもらおうと、まあやは心に決めた。
「......ありがと」
慎吾は風邪なんて忘れていた。体の底から喜びが溢れてきて、思わず笑ってしまっていた。ここまで上手くいくなんて想像していなかった。
やはり、危ない橋を自分が渡るより、ひたすら確認して、渡ってきてもらうのに限るなと、慎吾は改めて確認の重要性を噛み締めていた。
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