確認男 修学旅行編

 修学旅行の自由行動。

 みんなその時間を一番楽しみにしていた。

 友達と遠出の旅行に行ったことのない高校生にとっては、好きな友達とワイワイ騒ぎながら、好きなところへ行ける自由行動は最高なのだろう。


 俺にとっては、全部ツアーみたいに、ガイド付きで案内してくれたほうが気楽だった。自分でわざわざ観光スポットを調べる必要もないし、効率がいい。なにより、自分に友達のいないことが露呈しない。


 でも、自由行動反対派なんて俺くらいだから、そんなマイノリティな希望は多数派にかき消される。


 高校に来てから、俺はろくな扱いを受けていない。

 良いように言えば、クラスで一目置かれている。悪いように言ったら、クラスで避けられている。

 中学校では親友の敦彦と、毎日可愛いくしゃみの仕方や、最高の告白シチュエーションなんかを研究していた。

 そのノリのまま高校に入って、クラスの男子に可愛いくしゃみについて、瞬きするのも忘れて熱弁していたら、ドン引きされた。

 そして、クラス中に、「あいつはヤバい奴」と広められ、俺と同じ思考のやつがいなかったために孤独になった。

 興奮すると瞬きしない癖が一番仇となった気がする。

 別にクラスでは話ができなくても、敦彦とはメールでひたすら、くしゃみと告白シチュエーション研究を続けていた。


 そんな俺だから、自由時間になってからというものの、「寂しくなんかない、誰かといたい......なんて思わない」と、1人空を見上げながらブツブツ言っていた。口に出したら、言霊とやらで、この想いが誰かに届くんじゃないかと思ったりした。


 同じ学校の連中に1人歩いているところを見られたくなかったから、大方が奈良公園の鹿に戯れに行ったと予想し、俺は1人法隆寺を目指した。


 法隆寺駅についてから、自分の背後に気配を感じた。

 普段、クラスでは視線さえ向けられない分、随分と自分への視線を感じやすくなっている。

 俺が後ろを振り向くと、同じクラスの大園がいた。ふいに俺が振り向いたことに驚いた様子で、電信柱の影に隠れたが、俺の視界からは消えていなかった。


 あえて、気づいていないふりをして、また少し歩いてから振り向くと、だるまさんが転んだのように、大園はその場で動きを止めていた。


「ん? あれ? 君、同じクラスの子だよね?」

「うん。そうだよ」

 大園は自然を装いながら答えた。自分が後ろから追っていたことはなかったことにしている。


「いやっ、僕さ友達いなくて、恥ずかしいな1人で歩いてるとこ......」

 思わず声をかけたはいいが、何を話したらいいか分からなかった。

「桃子もなんだよね」

「あぁ、そうなの?」

 クラスじゃ、友達いないのは俺くらいだと思っていたから意外だった。


「そうなの......。どこいくの?」

「いやぁ、特に決めてなかったけど、なんか、お寺でも見に行こうかなって」

「あー、そうなの?」

「なんかこっちの方に、見に行きたいのあった?」

 さりげなく俺の後ろにいた理由を聞いた。

 大園は後ろで手を組みながら、足元を見て、体を揺らしていた。

 一度、今と同じ様子の大園を見たことを思い出した。


 1年の時、俺がすでにバブかれていた頃に、大園がクラスの男子から、「ぞの!」とあだ名をつけられてイジられていた。

 大園も最初は反応に困っているくらいだったが、あだ名に加えて、鹿児島出身で訛りがある大園の訛りまでイジられ始めた。


 そのイジりがあまりにエスカレートして、大園が一度泣いた時があった。

 その時に、少数派を珍獣扱いするような奴らに向かって、「しつこくイジってんじゃねぇよ」と俺はキレた。

 ほぼほぼ、自分がハブられていることの八つ当たりでもあったが、キレた日の放課後に大園にお礼を言われた。

 その勢いで告白でもされるかなと期待したが、そんなことはなかった。

 それ以降会話することもなかったせいで、今まで忘れていた。


 その時の、恥ずかしがってもじもじしている様子と、今の大園が一緒だった。

「いや違う違う。なんか……」さらに大園の揺れが強くなった。「行くとこないし、まぁ慎吾くんが歩いてたから、ちょっと、ついて行ってみたけど......」


「えぇっ?」

 声が上ずった。

 俺が歩いてたからついてきた? 

 それは、おかしい。おかしいぞ。

 だって、皆が一番楽しみにしている自由行動の時間を使って俺をストーキング?

 いやいや、そんなのもう好きじゃん。

 なんで、最初に大園を見た時に気づかなかったんだよ。俺が高校3年間で研究し続けていた、最高の修学旅行での告白シチュエーションじゃないか。


 桃子は、「ん? いや別にそんなんじゃないよ? ね、ほらやっぱ友達がいない同士さ」と両手をバタバタと振りながら、口実を並べていた。


 この反応。

 もう俺のこと絶対好きじゃん。

 なんだよ、じゃあ1年のあの時から好きでしたってパターンじゃん。完全に俺が研究していた勝ちパターンにハマっている。もう桃子は俺の虜なわけだ。

 このシチュエーションで2人で自由行動をして、タイミングを見計らって告白をするかと考えたが、このまま桃子を弄ぶのも悪くないなと思った。

 だって、桃子は俺のこと好きなんだから、多少意地悪してみてもいいだろう。


「あぁーそうだよね」と桃子に共感すると、「そうそうそうそう」と桃子は激しく頷いた。ヘッドバンキングばりの頷きで、桃子の胸くらいまである髪が乱れた。


「あ、そっか」

「うんうん」

 桃子から一緒に行こうと言う様子はなく、「じゃあ一緒に行く?」という俺の誘い待ちな気がした。だからあえて、「じゃあ、行く……ね?」と桃子を突き放してみた。

 すると、桃子は「1人で?」と確認してきた。


 うん。予想通りだ。

 一緒に行こう誘い待ちだった。もう完全勝ちパターンじゃねえか。もうニヤけるのを抑えるので、必死だ。


「え? だって、俺……友達いないもん」

「桃子もいないんだけど......」

 桃子は後ろで手を組みながら、おねだりするように上目遣いで見てくる。


「じゃあ一緒に行こうか」

 なんて、俺から言うわけがない。

 俺から誘わずに、桃子がどうするかの反応をもっと楽しみたい。だって、桃子は俺のことが好きで仕方がないのだから、どうにかして誘ってくるはずだ。

 さぁどうする桃子。


「えっ? だから?」と追い込みの確認をすると、「だからさ……」と桃子は視線を俺から外した。

 そんな桃子の視線の先に、顔を持っていって目を合わせ、「どうしたいの?」と確認する。

 桃子は俺と目が合った瞬間、目を大きくしてからすぐに俯いた。


「いやー……」

「わからないよ? 俺は?」

 俯いている桃子の顔を覗き込んで確認する。

「何でわからないの?」

 俺が執拗に目を合わせてくるのに耐えきれず。口元を隠しながら、桃子は顔を上げた。


「1人でお寺行くから」と、俺が歩き始めると、「私も行きたい。一人で行きたいの?」と俺のことが好きな桃子は、鴨の子供のように俺の後ろについてくる。


「うん。そう考えてた。けど、違うなにかアイデアがあるの?」

 俺はあくまでも何も分かっていない男。確認するふりをして、ここで桃子にチャンスを与える。

「うーん……」桃子は人差し指を頭につけながら、一休さんのように考えてから、「桃子と一緒に行くっていうのはどう?」と提案してきた。


 さすがの桃子もこのチャンスを逃すまいと誘ってきた。でも、俺はここで、「じゃあ、そうしよう」というほど、簡単な男じゃない。


「お互い友達がいないからっていうことだよね?」と桃子の誘ってきた理由を、友達がいないからと決めつけた確認をした。

 桃子が一緒に行動したいのは、”好き”という理由であることは間違いない。

 しかし、ここで桃子が、友達がいないからということを否定して、告白してくるかを試してみたかった。


「そうそうそうそう」と相変わらずのヘッドバンキングをしながら肯定し、「そう!」と最後に強く言った。

 桃子はここで否定せずに、なんとか俺と一緒に行動をしようとしているようだ。


「別にそれ以外のなにか理由があるとか、そういうことじゃないんだよね?」

「うーん、うん。まぁそれ……うん」

 やはり、ここで好きだからとは言わないつもりのようだ。


「じゃあわかった、2人でいこう」

 俺が桃子に譲歩すると、「そうしよう」と桃子の顔が一気に明るくなった。

 実にわかりやすい女だなと、心の中で笑う。


 ここでもう一度、桃子に試練を与えることにした。困難が立ちはだかって、逃げ腰になりそうな、そんな試練を。


「だけどお互いに友達がいないっていうだけの仲だから、何も会話はしない」

「何も会話しない!?」

 桃子の声が裏返った驚きに思わず吹き出しそうになった。


「だってそうでしょう?」

「なんで?」

「そういう理由でしょ? 1人でいるのが寂しいからって2人で行くっていう、それだけの理由だよね?」

 俺は無茶苦茶な解釈を口にした。俺が桃子の立場だったら、間違いなくビンタを食らわせている。


「違うんだよー」と桃子は地団駄を踏んでいる。

「なに? じゃあ、聞かせて? 他の理由が聞きたい」

 俺は、桃子に理由を確認する。

「一緒に行きたいの」

 桃子の声が分かりやすく震えていた。体も震えている。桃子は拳を握って震えを抑えようとしている。もしくは、俺を殴りたい気持ちを抑えているのかもしれない。


「なんで?」

 少し笑ってしまって、気持ち悪い確認になった。

「だから――」

「なんで?」

 声を振り絞って出そうとした桃子に追い確認をすると、「だから!」と桃子は反抗するように声を大きくした。


「うん」

「だからさ……」すぐに桃子の勢いはなくなり、「言わせる……?」と弱々しく確認してきた。


「言わせるっていうか、何を言うのかわからないけど、2人で行きます――」

「行こ!」

 桃子は間髪入れず言った。

「でも、しゃべらないよ?」

「なんで!?」

 俺の意味のわからない提案に、思い通りのリアクションを桃子はしてくれる。本当に桃子は俺のことが好きなんだなと、ひしひしと伝わってくる。


「なんで? はおかしいじゃない」

「喋らないの? えー……、そんなさ……」小さな声で呪文を唱えるようにブツブツと桃子は文句を垂れる。「寂しいじゃん、会話もなくさ、一緒に行くなんて」

「俺……と会話したいってこと?」

「うん、したい」

 俺が桃子の気持ちを汲み取った確認をすると、桃子は俺の目を真っ直ぐ見てきた。


「それ友達がいないからだよ」と桃子の俺が好きという気持ちを否定したことを言うと、「違うよ!」と俺の目を見たまま必死に訴えてきた。


「じゃあなんで?」

「友達はいるの! 友達はいるんだけど」

「じゃあ、ごめん、何で俺と会話したいのかな? わかんないんだよ」

 頭をかきむしって、分からないことにイライラしている演技をした。


「だから! 友達はいるの!」

「うん」

「ほんとは一緒に行く友達も決まってた」

「うん。うん」

 ここまでくれば、もう告白寸前だと期待が増した。


「だけど......こっちに来たの! 1人で!」

「なんで?」

「なんで分かんないの?」

 ここで好きだからとは言わずに、早く察しろと言わんばかりに桃子は声を荒げた。

 まぁ、怒りたくもなるよなと、自分のことを棚に上げて共感する。


「それが?」と俺は懲りずに確認する。怒っているのは、俺が察してくれないからだけであって、何の問題もない。

 俺のことが好きだからこそ、自分の気持ちに気づいてもらないことへの苛立ちだ。何の心配もない。


「うーん……」

 桃子は胸を両手で抑えながら俯いている。

 頑張っている。頑張って告白しようとしている。俺にはそうにしか見えなかった。


「すなわち?」俺が、沈黙を作らずに確認すると、「うーん……」と桃子は声に出しながら悩み続けていた。

 大丈夫。心配することはない、告白の答えはOKだ。あとは、桃子が告白するだけだ。頑張れ桃子。


 心の応援とは裏腹に、「こっちにあるから? 法隆寺があるから?」と的はずれな質問をする。


「ちがう!」と桃子は俺の顔を見た。

 真っ赤にした顔と今にも涙がこぼれそうな目を見て、いじめすぎたかと一瞬だけ反省した。しかし、ここまできて、妥協するわけにはいかないと俺は即座に悔い改めて、「なに?」と確認する。


「好きなの!」

 桃子は目をつぶって、振り絞るようにして告白した。

 でも、俺は変なスイッチが入って、このままOKを出すわけには行かなかった。

「五重塔が?」と桃子の好きの対象を五重塔にすり替えた。


「なんでそうなるの!」

 桃子は呆れて笑っていた。

「なにがー? もうすぐだよ〜 もうすぐだよ〜」

 ペットの犬を手を叩いて呼ぶように、誘導する。


 気づいたときには、目がカッピカピに乾いていた。自分の悪い癖だ。興奮して、すっかりまばたきを忘れていた。


「だから好きなの!」という桃子の主語のない告白に俺は容赦なく、「なにがー?」と誘導を含めた確認をする。

「もう〜」

 あまりにも伝わらないもどかしさで、桃子はブンブンと顔を横に振る。


「なぁにが〜?」と俺も、「分からないよ」と言うように、体をくねらせた。


「だから、慎吾くんのことが好きなの!」

 桃子は今日一番の声の大きさだった。もうヤケクソだったのだろう。全力の告白だった。


 最初から分かってはいたけど、実際に告白されると、ますます、まばたきをするのを忘れそうになる。幸福感で体が溶けそうになった。


「あぁ......俺もぉ」

 俺の告白シチュエーション研究じゃ、もっとスカして言うはずだったが、興奮を抑えきれなかった。

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