確認男

エブタコ

確認男 公園編

 冬の足音が聞こえ始めた頃。幼馴染のみなみと、学校の帰りが一緒になった。

 みなみは家が近所で、小学校からの幼馴染だ。

 高3になった今でも、俺とみなみは同じ高校で同じクラス。とはいえ、中学校に入ってからは2人で遊ぶことはなくなって、学校でも自然と話さなくなっていた

 別に喧嘩をしたわけでもないし、どちらかが告白して気まずくなったわけでもない。ただただ、自然に話す機会が減って、話さなくなっただけだし、お互い部活で帰る時間も被ることはなかったからだ。

 だが、先週の文化祭で俺は軽音部、みなみは吹奏楽部を引退したから、珍しく帰りの時間が被った。


 みなみとは家が近所なだけあって、帰り道は一緒。だから、俺は学校からずっと、みなみとみなみの女友達の後ろを歩いていた。

 早歩きで、追い抜いてもよかっただろうし、回り道してもよかったが、どこかみなみを意識している男みたいに思えたから、やめておいた。

 別に、みなみも俺の家が同じ方向であることは分かっているだろうから、ストーカ扱いをしないだろうと信じていた。

 でも、みなみが女友達と別れてから、俺の方に振り返った時は、何も悪いことしてないのに、心拍数が一気に上がった。

 別に、変な目で見ていたわけでもないし、この前言ったカフェの店員がかっこよかったなんて話なんて聞いていない。

 みなみに見られて、なにか気の利いたことでも言って誤魔化そうと思ったが、不器用な俺は、何も浮かばずまごついた。冷や汗が尋常じゃないくらい出ている気がした。


「なんか、こうして一緒に帰り道に会うの久しぶりだね」と、みなみは俺の様子に気を止めることなく、カバンを振り子のように振っていた。

 そんな、無防備なみなみを見る限りは俺をストーカーとは思っていないはず。

「あぁ、そうだな。一緒に帰るのは小学生以来じゃないの?」

 俺はクールぶって、焦っている様子を見せないように、みなみの隣に並んで、みなみの視界から逃れた。

「ほんとだー、中学校からお互いに部活してたし」

 みなみの隣に移動すれば、顔を見られないと考えた俺の算段はハズれて、時の流れに驚いた様子で、みなみは俺の顔を見上げた。

 額には、季節外れな量の汗が滲んでいる気がしてならない。

「だよなー」

 俺はどこか懐かしむように、空を見上げて、みなみに動揺を勘付かれないようにした。

 そうしていると、急にみなみが走り出した。

 これはチャンスだ。と、みなみが俺に背中を見せている間に、急いで汗を拭いた。予想通り、汗で袖が湿った。

 みなみの見た目はだいぶと成長して、男にまぎれてはしゃいでいた頃と比べると、今じゃ、髪もロングで、薄く化粧もするようになった。でも、中身は5年前とさほど変わっていない。典型的なおてんば娘だ。

「ねぇー、この公園懐かしくない?」

 みなみは腕をピンと横に伸ばして、道路沿いの小さな公園を指差す。

 通学路にあるから毎日目にしている公園なのに、みなみが指差すと不思議と数年ぶりに見たような錯覚を覚えた。

 小さなすべり台に砂場、ベンチがあるだけの、何の変哲もない小さな公園。だけど、俺とみなみにとっては、小学校時代の放課後は遊びまくった思い出の公園。

「ちょっと、久しぶりに行ってみようよ!」

 みなみは俺の答えを聞くまでもなく、すべり台にかけ登った。

 俺は走らずに歩いて、ゆっくり公園に入った。こうやって公園に入るのも久しぶりだった。

「あー、スカートだから滑るのはやめとこー」

 みなみはすべり台の頂上で嘆いた。

 昔はスカートでもお構いなしだったのに、さすがのおてんば娘も18になれば、恥じらいも感じるのだろう。

 俺は、みなみのスカートの中が見えると思い、下を向きながら、すべり台の階段に腰掛けた。今日は特に何もしていないに、この数分で一気に疲弊していた。

「昔、ここでずっと遊んでたねー」

 ドタドタと音が聞こえてきて、みなみがすべり台を駆け下りたのがわかった。

「あぁ。懐かしいな」

「ねー」

「このすべり台で、ずっと遊んでたな」

「ねー、懐かしいね。昔はもっと大きく感じたけど」

 みなみはすべり台の周りをうろついている。

「それは、俺もみなみも成長したからだよ」

「そうだよね。へへっ」みなみはどこか得意げに笑った。

 昔に比べたら、だいぶと可愛くなったなと感心する。小学校の頃なんて、女子のような扱いをされていなかったが、高校に入ってからは、みなみのことが好きだと言う男子なんて1人や2人じゃなかった。俺も幼馴染だからという理由で、よくみなみのことについて聞かれたりした。

 俺の想像以上の数の男から言い寄られたはずなのに、みなみは誰とも付き合っていない。

 恋愛に興味が無いのか、それとも誰か好きな人がいるのか。久しぶりに話す俺が知るはずもない。

「まさか、中学高校と全部同じになるとはな」

「ね! ずっと一緒だったね!」

 俺が改めて言うと、みなみは両手を広げて、声のボリュームを上げた。

「それにずっと同じクラスだったし」

「ね! すごいよね!」

「なかなかないよなー」

「これからも一緒がよかったね」

急にみなみの声のトーンが下がった。みなみは元より高い声だから、テンションで声の高低差が結構変わる。嬉しいときと悲しいときの、感情が声の高さで分かるのは、幼馴染の俺の特権だ。

 みなみが俺の後ろに行ったから、表情は見えなかったが、その声から、なんだか暗い顔をしている気がした。

「俺、どうしても東京出て、音楽やっていきたいからさ」

「ずっと言ってたもんね。東京に行きたいって」

 中学校から言ってる俺の夢。みなみには直接言ったことはなかったが、なぜか知ってくれていたようだ。

「でも、みなみも言ってたもんな。地元に残って就職するって」

 俺もみなみが、就職組であることは、同じクラスがゆえ、知っていた。

「そうだね……、でも正直悩んでる」

「え? どうして」

 俺は思わず立って、振り返ると、みなみはブレザーのボタンをいじりながら、うつむいていた。夕日のせいかもしれないが、みなみの顔が紅潮しているようにも見える。

 まだ専門学校にも受かっていない俺に比べて、みなみの就職先はすでに決まっている。なのに、迷ってるって……、どういうことだ?

「んー、みなみも東京ついていっちゃおうかな」

 みなみは冗談みたいに、早口で明るく言った。

 ただ、冗談のようには思えなかった。みなみが悩んだ末に出した答えのように感じた。

 東京についていく? 意味がわからない。そもそも誰に? なんで? 就職を蹴ってまで、急に東京に行くなんてどういう風の吹き回しだ?

「え? ……どうして?」頭の中の整理が追いつかない俺は、我慢できずに聞いた。

 俺が確認すると、みなみは、ジッと俺を見た。その目は少し潤んでいる。なんで潤んでいるのかも分からなかった。それすらも、確認したくなったがじっと堪えた。

 しばらくして、「だって、離れたくないもん……」とみなみは自分の足元を見て言った。

 離れたくない? みなみに聞けば分かると思ったのに、余計に訳が分からなくなった。

 離れたくない? 誰と? あ、みなみの兄貴が東京に引っ越すんだっけ? 

 いや、みなみの兄貴はまだ大学生のはず。そもそも兄貴と離れたくないから、就職しないでついていくってどうかしてるだろ。たしかに兄貴はみなみのことを溺愛していたが、みなみは兄貴のことそこまで好きじゃなかったはず。

 いや、まてよ。もしかすると、みなみが誰とも付き合わないのは、兄貴のことが好きだからなのか? みなみは俺と話さない間に変わってしまったのかも知れない。

「え? ……誰と」

 まさか、みなみが極度のブラコンになっているのかもしれない、とビビリながら聞いた。

 しかし、みなみは俺の予想もしなかったことを言った。

「君……、と離れたくないの」

 君、という言葉の意味が一瞬わからなかった。

 兄貴の名前は敦彦だから、どう聞き間違えても君には聞こえない。

 ここで、兄貴のことを君と言うわけない。この公園には俺とみなみしかいない。つまり、みなみの言う、「君」は俺のことで間違いないはずだ。

「えっと……」

 自分の中で答えが出たにも関わらず、俺はみなみの言ったことを信じられずに言葉が続かなかった。

 もはや、なんで俺と離れたくないかすらよく分からない。

「え? と、東京来るの? え?」

 とりあえず、みなみの言ったことを聞き返すので精一杯だった。

「もう……、みんなには内緒で行くね!」

 みなみは俺に目を合わせることなく、そう言って、公園から走り去った。

 俺はその場から動けず、みなみの後ろ姿を眺めていた。

「え、なんで」

 俺は、みなみの発言の意味が分からぬまま、公園に立ちすくんでいた。

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