もう何度、曲がり角を曲がり、道なき道を歩み、坂道を登ったり降ったりしただろう? 見慣れない光景が広がっていた。そこはもはやわたしの知っている街ではなかった。随分と最初いた場所から遠ざかってしまったようだ。それでもそこは確かにわたしの生まれ育った街から地続きの場所なのだった。不思議だ。電灯の形や家々の屋根の色、それらの一つ一つが全く別の統制によって作り込まれていた。大きくなって久し振りに迷子に陥ったような感覚だった。だがそれも悪くない。


 新鮮な気持ちでうろうろしていると、やがて足元に無造作に散らばっているものを発見した。骨だ。


 (………おやおや)


 わたしは思った。


 それはどうやら自分と同じよう透明な獣を追い、狩ろうとした者の末路のようだった。随分と昔のものだった。変色している。自分が狩りを始めて最初に見た同士がこのような姿をしていた、というのは非常に興味深い。わたしはその骨を検分した。


 一個体によるものではなかった。


 ここは共同墓地のような場所で野晒しにされていた。辺りは殺風景だった。まさに名も無き者達の墓。透明な獣を追い、死んでいった者達が残された者にどのような思いを抱かせていたのかがよくわかる光景だった。何の敬意も感じさせない。悪意が形となり死んでも生き恥を晒せと言わんばかりだ。花も咲かない不毛地帯。


 可哀想に………でも同情なんてされたくはないだろ?


 わたしは会ったこともないそいつらのことを思った。


 分不相応な願望を胸の内に秘めてしまったがゆえに、このような最後を遂げることになった。大腿骨と思わしきひときわ大きな骨を持ち上げようとすると「ぱきゃ」と冗談のような音を立て簡単に砕けた。


 仇は取ってやるさ、そのようなことをお前らが望んでいるかどうかは知らないが。


 そこで見ていればいい。透明な獣が泣き叫び、こんな筈ではなかったと自らの浅はかさを嘆きながら死にゆく様を。悔しかっただろう。まだやりたかったこともあっただろう。透明な獣にいよいよ手が届く映像を何度も頭の中で反芻したのだろう。そしてついにそれは実現することはなかった。


 殺してやる。


 透明な獣が悪いわけではない。だがそいつが透明な獣であり続ける限り、わたしはそいつを殺さなくてはならないのだ。背負わされてしまった運命、それを回避することは不可能。それはお前も一緒だ。


 獣はいよいよ思い知るだろう。今、自分を追い詰めようとしている相手が今まで翻弄してきた相手とは違うということを。


 例外がある。


 よくあることに混じってそいつが混入されている。だからこそ、この世界は面白い。


 「もうじき嫌でもわかるさ」


 わたしは呟いた。


 何かが自分の思い描いていたことからずれていることに。そしてそこで判断を誤ると死期は大幅に早まる。憶測によってせっかく訪れた直感を振り払ってしまうのなら、こちらの思惑通りだ。本質を見極めることが出来ないということは狩りに於いて致命的な弱点となる。


 透明な獣が振り返った。


 久しぶりではないか、もっとその表情を見せてくれ。


 どうしてここにわたしがいるのか理解、出来ないようだった。


 残念だよ。お前はもう少し手応えのある奴だと思っていたけど、それもどうやらここまでらしい。陽はゆっくりと翳り、長く伸びた獣の影がわたしの足元、近くにまでやって来ていた。わたしはさらに距離を縮める。


 透明な獣が足を止めた。







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