獣はすぐに見つかった。


 ただ短絡的にわたしから距離を取ろうと駆けていただけだった。これにはがっかりさせられた。相変わらず尻を振るようのろのろと駆け回っていた。あれほど時間を稼がせてやったというのにまだそんなところにいたのか。その揺れる尻を眺めているだけで胸の内に説明しがたい殺意が沸き起こる。余興は終わりだ。もう今すぐにあいつを殺さなくてはならない。


 予定より早く殺してしまったとして誰が困るだろうか? 一向に困らない。手続き上の理由として透明な獣を殺してもまだ透明な獣を殺していないみたいな扱いをされるかもしれない。じれったい。制度を決めている連中の考えていることは理解しがたい。獣の首を突き出してもそいつらは無表情で「まだ認められていない」の一点張り。ここに、そのものがあるというのに。


 透明な獣がいる。


 わたしはある日、それを発見した。


 そしてその瞬間、理解した。


 (ああ、わたしはあれを殺すためにこの世に生を受けたのだな)


 幼い頃から自分を取り巻く何もかもが理解不能で怖かった。何故、自分という存在がそこにいるのかわからなくて、その正体不明な疑問が常にまとわりつきわたしの正常さを奪った。今となってはやらなくても良かったと思えるようなことを沢山してしまった。後悔と無念の日々。


 けれどわたしはついに自分自身がこの世界に生まれた意味を把握したのだ。


 わたしは幸せ者だ。


 殆ど大多数の人間が自分に与えられた本当の役割といったものに気付くこと無く、或いは哀しいことに最初から用意されてはおらず、不本意にその人生を流し場へと棄ててしまう。


 「あいつは………何?」


 わたしは初めて透明な獣を見た時、自分のすぐ隣りにいた友人に問いかけた。今、思えばそれは友人ではなかったがまあ良い。友人は「ああ、あれ」と興味無さそうに言った。


 「透明な獣だよ、見たことないの?」


 まるで不思議そうにこちらを見た。わたしはその問いには答えず、遠くで四つ脚で駆けているその存在に魅入っていた。わたしの表情に何か不穏なものを感じ取った友人はそれきり黙り込んだ。透明な獣。わたしの口元には笑みが浮かんでいた。







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