途中、空を見上げた。もう橙色に雲が輝いていた。


 (あの夕焼け空の向こうには一体、何があるのだろう?)


 わたしにはこのような大切な場面でよく余所見をすることがあった。せっかく追い詰めた獣が逃げてしまうかもしれない。それでもわたしは目を逸らしたのだ。


 わたしはかなりの間そのまま空を見上げていた。


 獣は逃げることもせず、その間わたしの目の前でずっと佇んでいた。


 まあ、初めからわかっていたことではあったが、その先に何があるかなんてわかるわけがなかった。それがわたしたちに与えられた限界なのだ。答え無し、或いは手が届かない。けれどわからないことをいつまでもわからないと思いながら考えていられることは素敵だなと思った。


 この世界には謎が用意されていた。


 それは初めから用意されている謎だった。


 わたしたちはその中に放り込まれた。気付けばそこにいたのだ。


 順番を間違えてはいけない。


 わたしたちがいて、謎があるわけではない。最初にまず謎があって、それは絶対に揺らぐことはなく、そこにわたしたちが放り込まれたのだ。


 成長し、やがて謎が謎だということを忘れてしまっても本質は何も変わらない。


 わたしたちはある一つの夢を見ているだけなのだ。


 そして箱の中身は空っぽかもしれない。


 わたしは再び視線を地上へ移した。


 透明な獣は先ほどと全く同じ位置でこちらを見つめていた。


 (こいつを殺せば何かがわかるだろうか?)


 それとも何もわからない自分が相変わらずただそこにいるだけだろうか? 空虚が手に入れるなら有り難くそれを貰っておけば良い。


 大きな足音がざくっと辺りに響き渡った。


 わたしが一気に距離を詰めたのだ。懐に潜り込んだ。透明な獣は次の動作に移る間も無くわたしの翳した刃物によって腹部を抉られた。滑らかな毛並みに鮮血が迸った。獣は甲高い悲鳴をあげ、後方へと飛び退いた。


 わたしは握り締めた刃物を見た。かなり奥深くまで突き刺さったかと思ったが、実際は表面の皮膚にほんの少し傷を付けただけだった。刃物の先端がほんのりと赤く染まっている。遠くに視線をやる。もうあんなところまで逃げている。


 けして手を抜いたわけではなかった。本気で殺すつもりだった。では一体、何が悪かったのだ? 実力不足? そんなわけはない。


 確実に捉えたと思った瞬間に透明な獣はそこから消えていた。


 どちらにせよまたあいつを追い掛ける他なくなってしまった。それ以外の選択肢などありはしない。今や視界の先で米粒ほどの大きさにまで逆戻りだ。せっかく訪れた好機は終わってみれば、後悔が次から次へと沸き起こって来ただけだった。


 わたしは少しだけ自分に失望した。








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